翌朝早く甲板に出て体操をしていると、ボーイが、船長がお話ししたいと待っている、と迎えに来た。 船長室に入ると船長は「ベレンは二年ぶりでしたが、街並みは変わってませんね。海岸の草葺き屋根の家並みも同じでした。ところで、福田さん、あなたはコーチさんと余りお話しにならないようですね。コーチさん、ちょっと変った人ですからね。話しにくい ...
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パナマを越えて=本間剛夫=6
夕暮れの灰色の風景の中でユーカリの梢が川風に揺れていた。多くの山脈に源を発するこの大河は、無数のせせらぎを集めて一本の流れとなって大西洋に注ぎ、南米第一のアマゾン川となる。 こんな広大な川を八千トンの日光丸が、なぜ、どこまで遡るのか。せいぜい100キロで支流の群れに奔ばれてしまう。幽かなエンジンの響きは低速だからだろう。進んで ...
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そのあと、ふと、部屋に漂う異臭に気づいた。かすかな硫黄の匂いが鼻を突いた。その時、パーサーが入って来て、二冊の旅券を船長に渡した。船長はそれを開いて丹念にページをめくった。「福田さん、これは日本とブラジルの旅券です。航海中に事件が起きたら、日本旅券を捨てて、ブラジルの方を身につけて下さいよ。敏捷に」 私は船長の言葉が呑み込めず ...
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ブラジルの農業移民は、ドイツ人もフランス人も日本人も、農業省の管轄下にある移民会社から割り当てられた耕地で、苦難なコロノ(小作人)として十余年、牛馬のように働いて独立農としての資金を蓄える。その実態は一般市民の遠く及ぶところではない。 まず、朝食前の暗いうちにその日の作業場まで数キロの道を農具を担いで歩くと、そこで持参の朝食を ...
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「つらいから、見送りませんよ」という夫妻が、早く帰ってね、と繰り返した。車が走り出しても二人が手を振ってるのが見えた。 大通りは、もう車の列だ。車が桟橋に入ると遥か突端に、日の丸を掲げた黒い貨物船が見えた。 タラップを上ったところにボーイが立っていて、私を船長室へ案内した。 そこに日本人の紳士がいて、一人の眼が、すごく鋭かった ...
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なかには永住の覚悟で大農場の農夫として汗を流している知人、友人が、グループを組んで戦争に参加するというニュースを邦字新聞で知らされると、自分は卑怯者ではないかと強くさいなまれたが、それでも固く瞼を閉じて耐えた。 翌年、満十九歳になったとき、私は在外の男子に許されている三十七歳までの徴兵延期願いをサンパウロ市駐在の日本総領事宛に ...
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「旅券を持って、来てくれ」 朝、まだ早いのに、店長からの電話だ。 彼は早口にいって電話を切った。用件を訊くいとまもなかった。一瞬、不可解な電話を反芻した。旅券を持って来い、というのには海外出張に違いないが、それにしても。単なる出張なら、まだ夜明けまでに一時間もある暗いうちに、電話でもあるまい。 カーテンをあけて窓の外を見た。 人 ...
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