パナマを越えて=本間剛夫

  • パナマを越えて=本間剛夫=47

     ブラジルに帰れないことが確実になると、腰を据えて日本での生活を考えなくてはならない。日本で中学も出ていない者の就職がどんなものであるか私には想像できた。就職を選ばなければ、どの軍需産業も労力を求めて

  • パナマを越えて=本間剛夫=46

     医務室に行くと軍曹の姿が見えず、机はもとのままに整頓されていた。私は何故ともなく心の安らぎのようなものを感じて濠の奥に歩を移した。中村中尉の今朝の興奮が私の頭の中で不快な重圧を感じさせていたからだ。

  • パナマを越えて=本間剛夫=45

     続いて情報を申告しなければならなかったが、報告すべき事項が今日に限って多すぎた。しかし、省略するわけにはいかない。「どうしたのか、お前、その血は?」 軍曹は初めて私の上衣から袴にかけてべっとりとこび

  • パナマを越えて=本間剛夫=44

     私は今朝の敵編隊機の爆音が異様な不調和音だったことに何かが起こりそうだという予感を持ったことを思い出した。それは、今までソロモン海域の島々でもいくどか経験していた。敵機の爆音の異常さが、その日の誰か

  • パナマを越えて=本間剛夫=43

     そこはゴムの樹ばかりで、その小枝が千切れ飛んでいるほかは、何の異常もないのだった。初め電線に引っかけて減速し、次に柔軟で弾力のあるゴム樹林に突っかけたのだ。地上や海上に突っ込むのとは違って、衝撃度が

  • パナマを越えて=本間剛夫=42

    「うううっ!」 老少尉は前こごみになり胸を抑えて唸いた。 私たちは不意のできごとに保然と眺めるばかりで、声を出す者もいない。 実戦に最も縁遠い私たち衛生兵の耳にも、サイパンが陥ちたという噂が入っていた

  • パナマを越えて=本間剛夫=41

    一、    クレゾールを医務室から受領するようにいい添えた。これも各病棟から三カ月も前に申請した者だ。三ヶ月も病棟は消毒されていない。 病棟によっても事情は違う。私の第十六病棟の患者は歩行困難な栄養失

  • パナマを越えて=本間剛夫=40

     私たちはこの三年間の転戦で、南海の島々の、食するに足るものは総て食べつくしてきた。海軍がまだソロモン海域で制圧していた頃には豊富な魚類が食べられた。陸地の植物ではパパイヤ、マンゴー、バナナ、キャボ、

  • パナマを越えて=本間剛夫=39

     衛生兵のどのような介護があろうと、明るいもの、希望するもの、期待できるあらゆるものに背を向け、そこに沈潜することだけが愉楽になってしまうのだ。患者と看護する者の間に一線を引いてしまう。そこには合体す

  • パナマを越えて=本間剛夫=38

     私はその方へ叫んだ。「願いしまあーす!」 詰所から首を出した上等兵が、私の運んできた屍を認めて跳び出して来た。 私は口早に事情を説明して、屍の安置を頼み、上等兵の霊に敬礼して奥に走った。各隊の命令受

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