子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=13
寝台も4本の土台を打ち込み、ヤシの4つ割の上に蒲の干したものを敷いて寝るようになったのだが、王様にでもなった気分。宮殿は出来た。あとは便所と風呂と井戸が残ったが、水は当分、小川から汲んで来て使う。風
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=12
労働者側から見たら、充分な食糧も配給して貰えず、食券で指定の売店でしか物が手に入らないというのも、耕主の専横ではなく政府の政策によるものであり、耕主も労働者も双方被害者であるというのが当時のブラジル
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=11
コーヒーの採集は大変な仕事なのだそうだ。この時期になると、朝早くは霧がかかり、露が多くて下半身はびっしょぬれる。うっすらと霜も降りる。青い実は落ちにくく、手は痛く、血がにじみ出る毎日だ。それが6月の
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=10
その夜は思わぬご馳走に、皆満腹で早くも眠くなったらしく、ゆっくり話の続きを聞きたい母は、急いで湯を沸かすと子供たちを行水させ寝付かせた。「文しゃん、1カ月ぶりに家に帰って来たが、もう立派になった様だ
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=9
ジャルジネイラが着いたのは午後4時頃だった。久さんは早く帰りたいのだろう。4時過ぎでないと便が無いので、それまでに鶏を箱から出して水を飲ませねばとも話していたが、箱の中で騒いでいる鶏は出したら逃げる
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=8
どうやら60キロ位まで腕は上がったが、それ以上にはならなかった。でも人並ほどにはなれたので手伝いに来て恥をかかずに済んだ。久さん、忠男さん、智さん信一さん等皆と一緒に棉を摘み、日曜日の休みには小川に
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=7
病気になったら働けぬ。仕事が出来なければ耕主の得にはならぬ、とその道理を説いて借して貰えれば、双方の得となる。体力の限界は何としても避けなければならない。耕地を離れ、大塚さんの手伝いに来てはじめて気
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=6
「行きはよいよい、帰りは恐い」のごとく、来る時には初めて耕地の外に出て、嬉しさと物珍しさで気が付かなかったのだが、所々牧場の中を通って来たらしく「気の荒い牛に追われて、息絶え絶えに逃げ、恐かった」の
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=5
ただ一つ困ったのは食べ物だ。子供の自分でさえ困ったと感じていたのに、両親はどんなに辛かったのだろう。米は有るとはいえ、屑米でパラパラしてまずい。日本にいたときは、白米は自家作、野菜も有り余るほどで、
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連載小説=子供移民の半生記=家族みんなで分かちあった=異郷の地での苦しみと喜び=中野文雄=4
私たちは早速バナナやみかんに手を出し、さっきまでの疲れと気落ちもどこへやら、腹いっぱいにご馳走になり、いつの間にか荷物にもたれかかって眠ってしまった。肌寒さを感じ目が覚めたとき、「コケコッコー」と一