読者寄稿
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イタペセリカ日本語学校開校80周年=サンローレンソ・ダ・セーラ 丹生登
1935年開校とのことですが、それより以前に始まった日本語学校が何ケ所も有った様です。しかし、現在までも続いてるのは他に少ないのではないかと思われます。特に第二次大戦中の40年から46年までは外国語
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祭り=グァタパラ 林良雄
普段は静寂の移住地。これが破れ喧騒に変わる日が年に数度あり、その最大が村祭りである。移住地の入植と1年の農作物のめぐみを祝う入植並びに収穫祭、さらに運動会と年初めの新年会を、毎年村をあげて催している
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護憲革命の思い出=サンパウロ 梅崎嘉明
7月9日はブラジル護憲革命記念日である。その革命最中の(1932年)7月26日に私たち800余名の移民が、大阪商船ラプラタ丸でリオ港に到着した。 リオは世界第3美港の一つとしてその頃から知られていて
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森脇先生を偲ぶ=鈴木正威
先生と初めて会ったのは、1965年の頃である。当時、日本語普及会に在籍していた私は、日本語教育実態調査の手始めてとして、市内の日本語学校を歴訪していた。そのひとつに先生が教鞭をとるカショエリンニャ校
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森脇礼之先生の思い出=ドウラードス・モデル校校長 城田志津子
森脇礼之先生のご逝去、心より哀悼の意を表します。 日系社会の日本語教育を支え、未来に日本語を託し夢を紡いでいらした大先輩の諸先生方の訃報に接する度、1978年にサンパウロのブラジル日本文化協会(文協
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これで解決・沖縄基地問題=かんばらひろし
沖縄が基地移転の問題で揉めています。 政府側は「ヘノコ移設は慎重検討の結果決まったものだ。これは沖縄県(前知事)も承認している。計画通り推進する」としており、一方、オナガ現知事は「沖縄県内建設絶対
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親睦観光リオの旅=イビウーナ 瀬尾正弘
標記は、コチア青年連絡協議会主催の旅行であった。ことに今年はコチア青年移住60周年記念の年なので、行事の一つでもある。私も妻と共に参加した。世話役担当は第一次第一回移住の黒木けい氏で、彼の熱心で丁寧
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螢の光=サンパウロ 相部聖花
『螢の光』は学校の卒業式に歌い、涙を流して学校と学友との別れを惜しんだ歌、または紅白歌合戦のあと歌われ、過ぎし一年を顧みて互いに別れを惜しむ歌として私の頭の中にあった。 最近、ある歌人の文を読んだ。
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イースター島が日本の島?=チリ・サンティアゴ 吉村維弘央(いくお)
友人の常川勇久(つねかわ・いさく)さんより、「おい、こんなの興味があるか?」と渡された新聞の切り抜きはコピーの字もぼけかけ、紙の色もすでに赤茶けた古いものだったが、これを一読して吃驚仰天した。 この
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移民・棄民・貴民・日系人=マリンガ 園尾彬
私は高卒後1年半を八幡製鉄所事務員として働いた後、1958年兄の家族と共に農業移住者として船で来ました。来た当初は、「昔の『移民』とは違う。自分は戦後教育を受けた新しい『移住者』なのだ」という自負が