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日系社会ニュース

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喜びに満ちた爽やかな1年=悠仁さまご誕生に沸く=竹の園の弥栄祝う国民

2007年1月1日付け  平成十八年の皇室は「悠仁さまご誕生」という喜びに満ちた爽やかな一年であった。秋篠宮紀子さまが、愛育病院にご入院され帝王切開を受けてのお子さまご出産を、新聞は号外で報じ都民は歓呼の声をあげ竹の園の弥栄を祝った。皇室での親王誕生は四十年ぶりの慶事であり、秋篠宮さまから初めてのことである。天皇と皇后両陛下も大 ...

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ブラジルの新年展望=守りから攻めへ=企業移住の時代来る

2007年1月1日付け  【エスタード・デ・サンパウロ紙十月五日】ブラジルの二〇〇七年は、企業移住時代といえそうだ。国際市場へ打って出るには、ブラジルの英雄である必要はない。企業の国際化を図ることだ。外国で活躍するブラジル企業は、製造業に始まり運送、物流、フランチャイズ、銀行業、農作物栽培、工事請負など多岐にわたっている。一方、 ...

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「極めて困難な作業」=成果失わず、前進できるか

2007年1月1日付け  【エスタード・デ・サンパウロ紙、フォーリャ・デ・サンパウロ紙ほか】四年に一度、大統領選挙の行われる節目の年だった二〇〇六年が幕を閉じた。新政権が発足する今年は、政界仕切り直し後の今後四年間を占う注目の年と言える。  新政権発足とはいえ、ブラジル丸の舵を取る船長は、再選を果たしたルーラ大統領に変わりはない ...

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産業界は投資拡大へ=消費と景気刺激策に期待

2007年1月1日付け  【エスタード・デ・サンパウロ紙十二月三日】二〇〇六年度のGDP成長が低率に終わり、政府が期待した高度成長が達成できなかったにもかかわらず、産業界はこれにもめげず、〇七年度に向けて投資を拡大して生産を向上する意向を示している。  銀行業務集中サービス(SERASA)が全国の異なる部門の一〇三二社を対象に調 ...

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世界の次世代エネルギーの主役――――注目集まるバイオエタノール=高山直巳(ジャパンデスク社代表)

2007年1月1日付け 世界最大の競争力誇るブラジル  ブラジルは、近未来の世界の経済勢力図を塗り替えると言わるBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国の新興国群)の一角として、ここ数年脚光を浴びているが、急成長を続けているのは他の三国であり、ブラジルはかなり水をあけられた感がある。  しかし、BRICsに代わって最近注目され ...

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(3)中川トミさん死去=最後の笠戸丸移民、100歳で

2006年12月29日付け  第一回笠戸丸移民の中で唯一の生存者だった中川トミさんが、二〇〇六年十月十一日、老衰のためロンドリーナで死去。NHKなどの大手マスコミはじめ各地方紙、伯字紙など日伯両国で多数のメディアが扱うなど大きな反響を呼び、コロニア中に大きな衝撃を与えた。享年百歳だった。  一九〇六年十月六日に現在の熊本県熊本市 ...

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(4)帰伯逃亡デカセギ問題続々=一家3人殺害の凶悪事件も

2006年12月29日付け  帰伯逃亡デカセギ問題は〇六年を通して、日伯両国の友好の影を落とす課題として常に話題となった。  〇五年十月藤本パトリシア容疑者との交通事故で、理子ちゃん(当時2歳)を亡くした山岡夫妻=静岡県湖西市=ら被害者遺族が中心になって、年明けから浜松の北脇保之市長ら関連機関への協力要請や、ブラジルとの犯罪人引 ...

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(5)統一選=4人の日系連議が誕生

2006年12月29日付け  今年の統一選挙は、近年にない快挙を見せた。連邦議員に五人、州議員に五人の当選者が日系社会から出たからだ。全伯で、連議、州議合わせて約九十人の日系候補が立候補。候補者が乱立しただけに共倒れが危惧されたが、杞憂に終わったようだ。百周年まであと一年余りに迫った今年の選挙での当選が持つ意味は大きい。  激戦 ...

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(6)日伯経済交流活性化へ=日本から議員来伯ラッシュ

2006年12月29日付け  〇八年の日伯交流年に向け、確実に、日本とブラジルの経済交流が促進されつつある。一月に合弁会社「日伯エタノール」が二〇〇八年からの営業開始を明らかにし、五月には大臣として八年ぶり、農水相としては二十四年ぶりとなる中川昭一大臣が来伯。六月末に地上デジタル放送に関して、日本方式をベースとする規格を採用する ...

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(7)旧サントス日語校返還=61年後に終わる戦争

2006年12月29日付け  二〇〇六年はサントスの日系人にとって忘れられない年となった。戦中に接収され、戦後は軍施設として使われてきた旧サントス日本語学校の校舎が、六十三年ぶりに、元の所有者であるサントス日本人会の手に戻されたのだ。  旧日語校はサントス日本人会により一九二八年ごろに設立。最盛期には二百人以上の生徒が通ったが、 ...

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