ホーム | コラム | 樹海 (ページ 186)

樹海

➡【無料朝刊サービス登録】緊急対応の無料PDF版へのリンクに加え、毎日の新しい記事の見出しだけを、本文ページへのリンクをつけてメールで無料配信しています。メールアドレスを書き込み、「申し込み」ボタンを押すだけです。メールチェックのついでに気になる記事をクリック!

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月27日付け  1967年のゾーナ・フランカ設置で街は発展した。現在のような建築群はなかった。しかし、対岸の〃文明〃は蜃気楼のように見えたのではないか。イランドゥーバのカカウ・ピレラ港でマナウス行きのバルサを待ちながら考えた。アマゾン日本人入植80周年の取材で訪れた09年のことだ▼1953年から日本人 ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月26日付け  既報の通り、7月現在で在日ブラジル人は22万1217人。最盛期である08年末の31万2582人に比較すれば、わずか3年弱の間に実に9万1365人が帰伯した。ところがこれは、日本に行ったブラジル人を差し引きした数字であり、実際の帰伯者はこれよりもかなり多い▼仮に、差し引き以前に15万人が ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月25日付け  「犬公方」と仇名された徳川綱吉は、将軍家光と京都のお玉さんの子であり、若かりし頃は秀才の誉れ高く、5代将軍に就任すると湯島の聖堂を建立。朱子学を官学とし、側近に論語を講じるなどの学識を誇ったけれども、母・桂昌院の影響もあり、あの生類憐れみの令で評判は余りよろしくない。リビアの最高指導者 ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月22日付け  今に始まったことではないが、新聞界の不況は深刻さを強くするばかりなのは、何とも侘しい。活字王国の日本でも読者の減少は年毎に進み、広告の掲載も目にえて減っており、経営悪化の暗い道を重い足取りで歩んでいる。それでも、新聞発行部数では、世界のベスト10の7位までが日本だし、世界一の読売に続き ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月21日付け  サンパウロの街角を歩いていて、もしくは取材に行った地方などで稽古の帰りだろうか、柔道着を持った非日系の子供を見かけるたび、道場で教えているのは日本人なのかなあ、と想像する。コロニアから時代を経てブラジル社会へー。その発信源の日本移民を思う▼マリリア在住の小針一さんが85歳で亡くなった( ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月20日付け  「ヨーロッパ系移民は植民地にまず教会を建て、日本移民は学校を建てる」。日本人の教育熱心さを示す話として幾度となく紹介されてきた。USPへの日系人の進学率の高さはよく知られるし、百周年でブラジルメディアに取材を受けた戦前二世らも、親の教育に感謝の言葉を述べていた▼一方、コロニアの担い手は ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月19日付け  その昔、弓削道鏡という凄い坊さんがいたけれども、側室40数人を抱え子女55人の徳川家斉という豪傑もいる。第11代将軍であり、家慶に将軍を譲ったのちも大御所として実権を握ったが、恐らく老中と側近らは、こんなにいっぱいの子どもらの婿入りや嫁ぎ先探しにやっきになったに相違ない。あんなに小さな ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月18日付け  三寒四温は冬の季語ながら、最近の日々は3日寒く、4日暖かい。こう冷気が強いと炬燵が恋しくなり、暖炉があれば天国だろうな—と帰宅しての楽しみは、冷えた身を熱めの風呂に入るのが1番。湯上りの一盞には、湯豆腐などの鍋がいいだろうし、あの熱々を汁に浸して啜る口福は、何物も敵わない。サンパウロに ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月15日付け  チュニジアの「ジャスミン革命」に始まる専制国家への庶民の怒りは、エジプトやリビアなどに及び、ノーベル平和賞こそ逸したが「アラブの春」とし、世界的な広がりを見せているのは、ご承知の通りである。胡錦濤国家主席の率いる共産党国家の中国でも、インターネットによる「党と政府への抗議」が巻き起こり ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月14日付け  長らく「ブラジル日系人150万」「在日ブラジル人30万」とされてきたが、それぞれ10万増減した数字に訂正しなければいけないようだ。法務省の発表によれば、08年末に31万2582人だったブラジル人は、今年6月末で22万1217人となっている(本紙5日付け)▼つまり2年半で9万1千人が日本 ...

続きを読む »