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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で

日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(19・終り)=今こそ振り返る価値ある同仁会

細江静男医師(『細江静男先生とその遺業』より)

 細江静男著『ブラジルの農村病』には、十二指腸虫病の原因となる寄生虫の一種ネカトール・アメリカーノについて、次のような歴史的に興味深い記述もある。  大航海時代に連れて来られた黒人奴隷と共に、アメリカ大陸に持ち込まれた病気の一つが、寄生虫の一種ネカトール・アメリカーノで、「アメリカ大陸人を殺す」という意味があるという。  《この ...

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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(18)=知らされなかった防疫策

コーヒーの花が咲く中で着飾って記念撮影する日本人家族(『在伯同胞活動実況写真帳』1938年、竹下写真館 高知県古市町)

 第7回で紹介した、鈴木南樹が笠戸丸以前の体験談を書いた『伯国日本移民の草分』(http://www.brasiliminbunko.com.br/Obras/143.pdf)には、実は次のような続きがある。  ブラスの移民収容所の上司ビートはしたり顔で、《マレタ(マラリア)は早いうちであれば、注射の五、六回もすれば大方治ってし ...

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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(17)=「世界一の無医村に行かないか?」

細海さん夫妻(中央)の結婚式の写真。右が細江静男夫妻(浅海さん著『歳月』2007年、日毎叢書出版より)

 前節のバストス移住地での防疫対策を担った同仁会の細江静男医師は、1901年に岐阜県下呂町和佐で生まれ、慶応大学医学部で学んだエリートだった。細江医師の慶応大学同期には、のちに日本医師会会長になった武見太郎氏がいた。首相クラスの要人の主治医として知られる人物だ。  大学時代の恩師が、第8回で紹介した宮嶋幹之助(みきのすけ)教授だ ...

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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(16)=完璧な防疫対策施す移住地も

バストス病院時代。病院職員と細江医師(左から4人目、『細江静男先生とその遺業』より)

 戦前としてはまれに見る先進的な防疫対策を施していた日本人移住地があった。バストスだ。  1929年頃から開拓がはじまったバストスだが、当時の開拓地は完全な無医村で、公的な地域衛生など皆無に等しく、自分たちでなんとかするしかなかった。  その独自対策の結果、周辺のランシャリア、クワタ、リノポリス、レトニヤ植民地などの集落が、マラ ...

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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(15)=結核の妻想い作ったヒット曲

脇山一郎(『コロニア芸能史』より)

 戦前戦中、当時最大級の日本人集団地だったバストスから、感染症による悲話が生まれている。  終戦直後に起きた勝ち負け抗争の犠牲者の一人、脇山甚作退役陸軍大佐の息子一郎の妻・初野だ。彼女は大戦中に結核に罹り、1943年からカンポスで療養をはじめ、それを再々見舞う生活の中で、夫・一郎は歌曲「高原の花」を作詞・作曲した。  一郎は、1 ...

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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(14)=「在伯邦人の衛生戦線異状あり」

戦後に救済会で世話した肺病患者の数を示した表(救済会所蔵)

 WHOの報告書によると、伝染病の代表格である「結核」は過去の病気ではない。今でも世界の10大死因の一つになっており、事実、2017年には世界全体で1千万人が罹患し、130万人が結核で死亡している。日本移民も戦前から結核には苦しめられてきた。  《一九三四年頃より、著るしく同仁会の苦悩を増したのは肺結核患者の出聖激増であった。従 ...

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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(13)=基礎体力を落とす「十二指腸虫病」

寄生虫の一種カイチュウ(See page for author / Public domain)

 移住地で流行った感染症の中で、「十二指腸虫病」も深刻だった。これは、鉤虫を原因とする寄生虫病の一種で、かゆみを伴う皮膚炎の原因となる。寄生虫幼虫の刺激により咳・咽頭炎を起こし、重症になると、寄生虫の吸血により軽症~重症の鉄欠乏性貧血まで起こす。  同仁会の細江静男著『ブラジルの農村病』(ブラジル日本移民援護協会刊、1968年) ...

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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(12)=見るも恐ろしい「森林梅毒」

「森林梅毒」とよばれた「リーシュマニア症」の例。これが顔面にも広がる(CDC/ Dr. D.S. Martin / Public domain)

 戦前、日本移民の最大の敵はまさにマラリアや森林梅毒、十二指腸虫病、トラコーマ、黄熱病などの感染症だった。  中でもマラリアの次に、戦前の日本移民を悩ませたのが「リーシュマニア症」で、移民は「森林梅毒」と呼んでいた。ポ語では「Leishmaniose」、ポ語通称「ferida brava」だ。  『40年史』にも《罹病数において ...

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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(11)=何万匹の虫にたかられる生活

沼田信一さん

 「信ちゃん」こと沼田信一さんは、1933年7月にありぞな丸で来伯し、サンパウロ州セッテ・バーラス植民地に入植、翌年5月にパラナ州ロンドリーナ市郊外に移転し、同市入植の草分けとして一貫して農業に携わってきた有名人だ。  パラナ日伯文化連合会相談役も務めるほど人望が厚く、第10部まで発刊された『信ちゃんの昔話』シリーズや『日本人が ...

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日本移民と感染症との戦い=世界最大の日本人無医村で(10)=医療皆無の戦前日本人集団地

モジの日本人農家(『在伯同胞活動実況写真帳』(1938年、竹下写真館 高知県古市町)

 野口英世が米国に戻ってすぐ、同24年に「同仁会」という日本人医師会が組織された。日系医療・福祉団体の始まりだ。  それが中心になって全移民の悲願として日本病院(現サンタクルス病院)の建設計画が1930年代に進められ、今から81年前、1939年4月29日に落成式が行われた。戦前に作られた最初の本格的な日系病院であり、それだけ昔か ...

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