2003年
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ペルーからの報告=フジモリ 待望論はあるか(終)=不可能に近い復帰だが=なんでも起こり得る国
5月7日(水) 今回の取材に応じてくれた全ての人に「もし、〇六年にフジモリが大統領選に出馬したら、投票しますか?」という問いを投げかけてみた。 「する」「しない」と即答した人は、以外に少なかったと
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ペルーからの報告=フジモリ 待望論はあるか(9)=フジモリが分らない―=戸惑いながら弁護する声も
5月6日(火) 今年三月三日付の『エル・コメルシオ』紙の一面をフジモリが飾った。彼が紙面を飾るのは珍しいことではないが、いつもの批判記事とは少々雰囲気が違っていた。 フジモリがゲスト出演した日本の
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ペルーからの報告=フジモリ 待望論はあるか(8)=亡命後 再燃する日系差別=「帰ってくるな」と語る2世
5月3日(土) 「この国には差別が厳然としてある。残念ながら、それは日本人、日系人に向けられることも多い」 ある日系旅行社の代表ははっきりとした口調で話した。 ある意味で白人支配階級対有色人種
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ペルーからの報告=フジモリ 待望論はあるか(7)=フジモリ政権の遺産=捨てられた街パチャクテ
5月1日(木) 「フジモリはいつ帰ってくるの?」「日本に帰って伝えてくれよ、俺たちは待ってるって」 道端で話している人々などに話しかけると、笑顔で言葉を投げかけてくる。 筵で作られた家の群れはな
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日本とブラジルの経済交流=『コメルシオ・エステリオル』誌掲載、工藤章氏の寄稿文(3)=貿易圏整理する必要=大きい商工会議所の役割
5月1日(木) 今後の日本ブラジル経済関係を考える上で、重要なファクターはFTAである。それは、米州全体を包含するFTAA(ALCA)であり、日伯間のFTAが主である。 先ず、FTAAについては、
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ペルーからの報告=フジモリ 待望論はあるか(6)=「フジモリイズムは永遠に」=選挙支援事務所 今年二月に開設
4月30日(水) リマ、セントロ。コロニアル調の建築物を多く残すこの地域は現在、雑多な雰囲気で道行く物売りや車の往来でにぎやかだ。 かつて偉容を誇っていたであろう重厚な作りの立派な建物群はポスター
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日本とブラジルの経済交流=『コメルシオ・エステリオル』誌掲載、工藤章氏の寄稿文(2)=対伯投資、01年大幅増=自動車・輸送、資源部門で
4月30日(水) 日本の対外直接投資は、前年度比三四・九%減の三一六億ドルと二〇〇〇年度に引続き減少を記録した。非製造業が、通信・運輸を中心に大幅に減少したのに対し、製造業向け投資が自動車、電機、木
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ペルーからの報告=フジモリ 待望論はあるか(5)=当選後も揺れ動く心情=祝電を喜べない地元日系人
4月29日(火) 当 当選してしまった以上、日系人のイメージを守るため、応援するしかないー。 日系人協会として祝勝会を開くなどの動きはなかったが、協会はフジモリの要請で非公式に数百人もの日系人リス
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日本とブラジルの経済交流=『コメルシオ・エステリオル』誌掲載、工藤章氏の寄稿文(1)=大豆、鶏肉、トウモロコシなど=02年上半期、対日輸出好調
4月29日(火) ブラジル銀行が発行する「コメルシオ・エステリオル」誌は、二〇〇二年十一、十二月号で「日本特集」を組んだ。同誌はこの中で、工藤章・ブラジル日本商工会議所前会頭のポルトガル語寄稿文「日
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ペルーからの報告=フジモリ 待望論はあるか(4)=怖れとまどう日系社会=大統領当選の不安な前夜
4月26日(土) 九〇年七月二十八日、日系人として初めての大統領、アルベルト・フジモリがペルーに誕生した。 この未曾有の出来事に、新大統領の両親の母国である日本はフジモリフィーバーともいえる社会現