「2度と日本に帰らない」=勝ち組家族が見た祖国
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連載〈4・終〉=桜組挺身隊の集会に参加=父親「まあ、黙っとけ」
ニッケイ新聞 2009年1月10日付け 五四年五月、サントス港に到着した夜、池田さんは一人で泣いた。 「どうして帰ってきたんだろうって。あんなに日本で良くしてもらって」とも思っていた。 帰伯後、
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連載〈3〉=運命の不思議で就職=知事のモーニング作る
ニッケイ新聞 2009年1月9日付け 両親は失意の中、わずか二カ月でブラジルへ帰った。「オヤジは本当にがっかりしていました」。弟家族も一年間で帰った。残ったのは池田さん家族三人だけだった。 最初に
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連載〈2〉=信じられない光景を目撃=神戸の夜汽車で現実悟る
ニッケイ新聞 2009年1月8日付け 〃戦勝国〃日本に帰る船旅の途中、南アフリカのダーバン港で偶然、日の丸を掲揚している船と遭遇した。海軍だった父親は、すぐに手旗信号を送ってこちらに日本人がいること
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連載〈1〉=戦後移住開始前の52年=「連合艦隊がサントスに」
ニッケイ新聞 2009年1月7日付け 「もう二度と日本には帰りたくないと思ったね」。根っからの勝ち組だった父親の薫陶を受けて育った池田収一さん(86、福岡県福岡市出身)は戦勝を信じて疑わず、父親の号