アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《27》=北伯日系人は5万人=都市部で活躍多様化へ
ニッケイ新聞 2009年10月2日付け 「サンパウロから入ってアマゾン通って、カリブ海、ゴールはメキシコに決めてたんですがね」。真面目な顔をしてユニークなことを言うのは、汎アマゾニア日伯協会の事務局
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《26》=「虫も鳥も帰ってくる」=自然に優しい森林農業
ニッケイ新聞 2009年10月1日付け 「ここの土はすごいでしょ。ほとんど肥料やってないのに歩くとフカフカする。農薬やらないからミミズがいっぱい住んでいるんです」。 そう言って、愛おしそうに畑の土
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《25》=「天が味方した」=熱帯果実が再生の鍵
ニッケイ新聞 2009年9月30日付け 94年のレアルプランでインフレは収まったが経済自体が冷えこみ、異常気候による減産などでトメアスー組合は資金繰りが悪化し、7月に再び赤字決算に陥った。96年5月
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《24》=度重なる倒産の危機超え=生き残るトメアスー組合
ニッケイ新聞 2009年9月29日付け 「組合は何度も潰れそうになった」。CAMTA(トメアスー総合農業共同組合)の坂口渡フランシスコ理事長(49、二世)は、中心街の十字路に面した組合ビルの会議室で
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《23》=デカセギで3割流出=祖国への想いさまざま
ニッケイ新聞 2009年9月26日付け ピメンタに突然拡がった病害に加え、80年代末には胡椒の国際価格が下落し、90年のコーロル・ショックにとどめを刺された。これらに背中を押され、トメアスーからの訪
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《22》=拳銃持って自主検問も=自警団で防犯体制強化
ニッケイ新聞 2009年9月25日付け 草刈武さんのような人物はそうそういない。ならば組織的に治安問題を解決していかないと、安心して暮らしていくことはできない。 トメアスー文化協会の海谷英雄会長(
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《21》=無頼の守護神 草刈武さん=日本人殺害事件を機に
ニッケイ新聞 2009年9月24日付け ベレンから車で1時間半ほどの一見のどかな田舎道にある農場だが、入り口には要塞のように何重にも警報機がついている。 何度も呼び鈴を押した末、ようやく草刈武さん
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《20》=大自然の猛威再び=拡がるピメンタ病害
ニッケイ新聞 2009年9月23日付け 戦後最大の第2トメアスー移住地構想に続き、さらに1973年、第3トメアスー移住地計画までが起案され、郡庁と組合、文協の3者による準備委員会発足し、76年に造成
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《19》=母に問う、後悔してるか=「戦争が悪かったんだ」
ニッケイ新聞 2009年9月22日付け エリザベスサンダースホームから移住してトメアスーに残った最後の一人、中川純二さんは「みんな若いから週末は遊びたい。仕事で押さえつけるから反発して、みんな飛び出
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《18》=駐留軍孤児の希望託す=大磯のホームから8人
ニッケイ新聞 2009年9月19日付け 「ブラジルに来る一年前、美喜さんから『お母さんに会ってみるか』と言われてビックリした」。中川純二さん(62、石川県出身)はそう振り返る。沢田美喜さんを実母だと