日本語教師リレーエッセイ
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日本語教育リレーエッセイ=第10回=バストス日語教育の考察=中=宇佐美宗一
ニッケイ新聞 2010年12月18日付け その頃パウリスタ沿線のコロニアの各地は、既にポ語社会であった。その為日本語離れが進んでいて、日本語存亡の危機が叫ばれていた。 外国語禁止法令はあったが、殆
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日本語教育リレーエッセイ=第9回=バストス日語教育の考察=上=宇佐美宗一
ニッケイ新聞 2010年12月11日付け はじめにバストス日系文化体育協会と汎パウリスタ連合日伯文化協会の概要に就いて話を進める。 バストス日系文化体育協会の始まりは、1930年にバストス会として
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日本語教育リレーエッセイ=第8回=「保護者もがんばらなきゃ!!」=玉城加藤秀子エリーザ
ニッケイ新聞 2010年12月4日付け 私は日系三世で子供2人の母です。長男は現在7歳で次女は4歳です。 今年の8月からタウバテの日伯文化協会の日本語学校へ通い始めました。2人が喜んで日本語学校へ
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日本語教育リレーエッセイ=第7回=日本語学校の幅広い学び=渡辺レナッタ啓子
ニッケイ新聞 2010年11月27日付け 初めに自己紹介します。渡辺レナッタ啓子と申します。18歳です。サンパウロ州のアラサツーバ市で生まれ、現在、州立リベイロン・プレット大学看護科に入学し1年修業
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日本語教育リレーエッセイ=第6回=「日本語を勉強していてよかった」=安楽美幸
ニッケイ新聞 2010年11月20日付け 「美幸ちゃんは何で日本へ行った事ないのに日本語をポルトガル語の前に覚えたの?」 日本へ行った事がない、そして日本語をポルトガル語の前に覚えたと言うとこの様な
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日本語教育リレーエッセイ=第5回=ありがとう=スザノ金剛寺学園=上野晴美
ニッケイ新聞 2010年11月13日付け 「こら、家の中では、日本語でしゃべりなさい」と言う両親のしかる声。幼い頃私と兄がポルトガル語で話していた時によく言われていた言葉です。私にとって、その言葉が
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日本語教育リレーエッセイ=第4回=日本語が開いた扉=岡村エジナ明美
ニッケイ新聞 2010年11月6日付け はじめまして、日系三世の岡村エジナ明美と申します。 現在愛知県名古屋市在住で9歳の娘がいます。子育てをしながら在名古屋ブラジル総領事館で仕事をしています。私
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日本語教育リレーエッセイ=第3回=夢を叶えた日本語学校=渡辺パトリシア美智子
ニッケイ新聞 2010年10月30日付け 私はサンパウロ州ビリグイ市で生まれ、現在バウル市のサンパウロ州立大学デサイン科の4年生になりました。私は日系三世、幼い頃から日本語学校に通い、少しでも日本文
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日本語教育リレーエッセイ=《2》=2番目のマイホーム=川畑暁美
ニッケイ新聞 2010年10月23日付け 私はピラール・ド・スール日本語学校の卒業生です。学校とのつながりは私が3才の時からです。 最初はもちろん他のどの子供と同じように遊んでばかりいて、いたずら
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日本語教育リレーエッセイ=第1回=遺産=元ドウラードスモデル校=平田清美
ニッケイ新聞 2010年10月16日付け 「JICA派遣生徒本邦研修がなくなるかもしれない」との噂を聞いた時、寂しさと共に自分の無力さを実感しました。もちろん、現段階ではあくまで噂であり、そうなって