2011年
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第6回=亜国=終戦5カ月前まで日語報道=最終ニュース「慶良間侵攻」
ニッケイ新聞 2011年12月2日付け 亜国からは今回、最多の200人が参加した。大会取材3回目の『らぷらた報知』編集の崎原朝一さん(77、沖縄)は、「僕自身もう今回が最期かもしれないと思っている。
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第5回=米国=「今も新来者が絶えない」=進駐軍と結婚多い戦後女性
ニッケイ新聞 2011年12月1日付け ブラジルでは1970年代前半以降、ほぼ新来者は途絶えたが、ハワイではまだ続いている。 ハワイには1924年までに20万人もが渡ったが、戦後もアメリカ人との婚
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第4回=移民が支えた母県経済=海外送金が県歳入の6割
ニッケイ新聞 2011年11月30日付け 第1回ハワイ移民団27人をのせて1899(明治32)年12月5日に那覇港を出港した薩摩丸は、1900年1月8日にホノルルに到着した。これを結成したのが〃沖縄
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第3回=記念撮影という〃儀式〃=移民の家系図は世界的資料
ニッケイ新聞 2011年11月29日付け 「なぜ人は記念写真を撮るという〃儀式〃をするのでしょうか?」 10月15日朝、沖縄県立博物館で第1回国際ウチナーンチュ祖先シンポジウムの開会あいさつをした
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第2回=ハワイ人口の1/3日系=戦前はなんと半分占めた?!
ニッケイ新聞 2011年11月26日付け 「僕が小さい頃、カナシロ(=金城)という単語は〃レストラン〃と同じ意味だと思っていたよ」。沖縄県系(ウチナーンチュ)への近親感をあらわに、そう英語で演説して
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第1回=全県挙げての大歓迎=「お帰り」と握手攻め
ニッケイ新聞 2011年11月25日付け 母県と県人子孫の心の絆とは何なのか。それはいつまで継承されるものなのか——どんな県人会にとっても重要なこの問いに答える壮大な取り組みが、いま沖縄で行なわれて
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高拓生80周年=(終)=パリンチンス唯一の俳人=戸口久子さん=高拓生と生きたアマゾン
ニッケイ新聞 2011年11月19日付け アマゾンにジュート栄えたる頃想ふ—。 アマゾンで俳句を詠み続ける4回生の故戸口恒治さんの妻久子さん(77、宮崎)=パリンチンス市=。移住50年を迎えた20
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県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(9・終)=最高峰アコンカグア望む=「今までで最高だった」
ニッケイ新聞 2011年11月17日付け 5日目、一行は午前7時半に出発し、アンデス山脈の山間と渓谷の間を、チリの国境間近を目指して進んだ。まずメンドーサから南西方向に約60キロのポトレリーリョス村
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高拓生80周年=(3)=それぞれが誇りを胸に=多くは親元離れ、学校に=二世ら、親の教育に感謝
ニッケイ新聞 2011年11月17日付け 祝賀会には4回生の井原只郎さんの妻清子さん(95、愛知)=マナウス市=も、大勢の親族と共に祝賀会にも元気な姿を見せた。只郎さんは10年前に逝去したが、子ども
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県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(8)=アンデス眺め美食楽しむ=メンドーサの長野県人らと
ニッケイ新聞 2011年11月15日付け 4日目の10月9日早朝、一行は飛行機でアンデス山麓の都市メンドーサに到着した。空港を出るとアンデスの山々が遠くに広がっていた。バスで市内へ向かい、きれいに整