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伯国初の邦字紙創刊・星名謙一郎に育てられた孤児=住沢泰美さんに素顔聞く

ブラジル初の邦字紙創刊・星名謙一郎に育てられた孤児=住沢泰美さんに素顔聞く=(下)=植民地内の評価は二分=「訃報は〃解放〃だった」

ニッケイ新聞 2012年3月17日付け  栗林さんは「星名の周りには用心棒が沢山いた。特に星名と同棲していたお玉さんの弟の毛利伊三さんは『兄貴、兄貴』と呼んで慕っていた」とし、「植民地での星名の評価は大きく二分していたようです」と証言する。  住沢さんは母マスヨが21年に亡くなって3年後、父親ミナエが早世した。24年6月に星名の ...

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ブラジル初の邦字紙創刊・星名謙一郎に育てられた孤児=住沢泰美さんに素顔聞く=(中)=ハワイで人殺しの過去!?=家族を日本に残して渡伯

ニッケイ新聞 2012年3月16日付け  星名謙一郎は明治元年から遡ること2年、1866年(慶応2年)に愛媛県伊予吉田(現在北宇和郡吉田町)の宇和島藩士族の長男として生まれた。83年には東京英和学校、現在の青山学院大学に入学。87年に卒業後、上海へ渡ったがその理由やいつまで居たのかは分かっていない。  91年には契約労働者として ...

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ブラジル初の邦字紙創刊・星名謙一郎に育てられた孤児=住沢泰美さんに素顔聞く=(上)=「怖い顔しか覚えてない」=新聞創刊と植民地開拓

ニッケイ新聞 2012年3月15日付け  奥ソロカバナ線アルバレス・マシャードの日本人墓地の白い御堂の隣には、星名謙一郎(1866〜1925)の墓石が立っている。ブラジル初の邦字紙、週刊『南米』を創刊したのに加え、奥ソロの植民地開拓に尽力した先駆者だ。過去を語らないことで有名な人物だったが、後にいろいろな文献からハワイ、北米を渡 ...

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