第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(70)
ニッケイ新聞 2013年8月21日 やはり7月17日、カフェランヂアから北東に60キロほど行った地点、ボルボレーマで、岩田篤冶が殺害された。(トクゾウと記す資料もある)置き手紙が残されており
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(71)
ニッケイ新聞 2013年8月22日 以上の十年史の記事は、当時のポルトガル語の新聞記事の翻訳や阿部豊の手記によって構成されている。 ところが、筆者が2012年、現地を訪れてみると、意外なこ
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(56)
ニッケイ新聞 2013年8月1日 オールデン・ポリチカは、これ以前から、日本人社会の内紛、特に臣道連盟に関する捜査をしていた。例えば、先に記した様に、ツッパンの日の丸事件では、刑事を派遣している。
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(72)
ニッケイ新聞 2013年8月23日 続・パウリスタ延長線方面 8月10日、パウリスタ延長線マリリアで、また事件が起きた。 認識派の時計商、平田良博が射殺された。戦時中のサントス追立ての被
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(57)
ニッケイ新聞 2013年8月2日 認識派史観の起源 事件は、ポルトガル語の新聞が、その日の夕刊から、デカデカと報道、以後、連日、それを続けた。 記事は「日本の戦勝を狂信する秘密結社臣道連盟のトッ
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(73)
ニッケイ新聞 2013年8月24日 8月20日。 ソロカバナ線アヴァレー在住の認識派の岡本良平が、3人の若い男に襲われた。が、機先を制して反撃したため、無事であった。3人は、その後逮捕され
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(58)
ニッケイ新聞 2013年8月3日 またも日本人狩り 死亡1、未遂1という事件に、検挙千数百人というのは、馬鹿馬鹿しいほどの多さであった。 この程度の事件に、それだけの人数が関係することなど、物理
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(74)
ニッケイ新聞 2013年8月27日 遠ざかる臣連の影 まず、認識派史観がこだわる様に、これら地方で起きた事件も、臣道連盟の指揮によるものであったのだろうか? 筆者は、事件の僅かな痕跡を追
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(59)
ニッケイ新聞 2013年8月6日 特攻隊ではなく特行隊 四月一日事件の直後、これも(以下、またも同じ表現の繰返しになって恐縮だが……)歴史上初めて、突如、表面に現れ、認識派史観Ⅶに転用された「特攻
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(75)
ニッケイ新聞 2013年8月28日 加藤幸平も否定 地方で事件が続発中、オールデン・ポリチカは、認識派に対する襲撃実行者(逮捕者)の内、臣道連盟と関係がありそうな人間は、サンパウロへ移送し