第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(37)
ニッケイ新聞 2013年7月4日 極めつきは、警察の調書だけに頼って記事やレポートを書き、起訴されてもいない人を多数、テロリスト、犯罪者と決めつけている作品が幾つもあることだ。こんな理不尽な行為は、
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(53)
ニッケイ新聞 2013年7月27日 同時期、キンターナの西隣のツッパンでも、山下、日高が北村新平という仲間と、押岩たちと全く同じ動機で、決起しようとしていた。 北村(26)は果物の行商をしており、
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(38)
ニッケイ新聞 2013年7月5日 戦勝派史観 一方、勝ち組の説も、便宜上、ここでは仮に戦勝派史観と名づける。が、やはり整理された形で存在するわけではない。以下は、勝ち組が買いた文章や彼らから聞いた
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(54)
ニッケイ新聞 2013年7月30日 その頃、前出のキンターナ、ポンペイア、ツッパンの決起組が、サンパウロへ移動していた。 まず、サンパウロに詳しい新屋敷が先行した。彼は、そこで協力者を確保した。
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(39)
ニッケイ新聞 2013年7月6日 戦勝派史観は、さらに次の様に言う。 「襲撃事件は、実行者たちの独自の行動であり、臣道連盟が組織的・計画的に行ったものではない。しかるに、ハイセン(敗戦派)の密告に
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(55)
ニッケイ新聞 2013年7月31日 さらに、席上、各地の認識運動や戦勝派の動きが、出席者から語られているが、危機感を強く表現しているのがバストスで、山中弘は、 「バストスハ何ラカノ方策ヲトラネバ コ
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(40)
ニッケイ新聞 2013年7月9日 普通の受信機で聴けたということは、発信地が国内、多分サンパウロ州内であったのであろう。送波者は日本人であった筈である。 ここで、ラジオ放送など出来る技術の持ち主が
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(41)
ニッケイ新聞 2013年7月11日 言われて改めて思い出したのだが、当時の邦人は、終戦の日までは、誰もが日本の勝利を信じていた。戦況の悪さに気づいていた人も奇跡が起こるのを祈っていた。そういう意味で
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(42)
ニッケイ新聞 2013年7月12日 本稿の初めの方で詳しく記した様に、邦人の殆どは、明治以来の日本型ナショナリズムに基づく国民教育、社会教育を受けて成長した人々であった。ブラジルに渡ってからは、日本
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(17)
ニッケイ新聞 2013年6月6日 戦況情報 戦時下──自身の生活問題を除けば──邦人たちの最大の関心事は、日本軍の戦況であった。が、大部分の人が、ポルトガル語の新聞は読まず、信用もしなかった。ラジ