2013年
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(56)
ニッケイ新聞 2013年8月1日 オールデン・ポリチカは、これ以前から、日本人社会の内紛、特に臣道連盟に関する捜査をしていた。例えば、先に記した様に、ツッパンの日の丸事件では、刑事を派遣している。
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(72)
ニッケイ新聞 2013年8月23日 続・パウリスタ延長線方面 8月10日、パウリスタ延長線マリリアで、また事件が起きた。 認識派の時計商、平田良博が射殺された。戦時中のサントス追立ての被
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ブラジル文学に登場する日系人像を探る 10=中里オスカル=ジャブチ受賞『NIHONJIN』=中田みちよ=(7)=移民が通過してきた道程
ニッケイ新聞 2013年8月8日 ハルオはトッコウタイの二人がいらだっていることがわかった。彼らにははなから会話する気などないのだった。 「大和魂に反する行動をした」と、もういちど手紙の中の一節を
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(57)
ニッケイ新聞 2013年8月2日 認識派史観の起源 事件は、ポルトガル語の新聞が、その日の夕刊から、デカデカと報道、以後、連日、それを続けた。 記事は「日本の戦勝を狂信する秘密結社臣道連盟のトッ
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(73)
ニッケイ新聞 2013年8月24日 8月20日。 ソロカバナ線アヴァレー在住の認識派の岡本良平が、3人の若い男に襲われた。が、機先を制して反撃したため、無事であった。3人は、その後逮捕され
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(58)
ニッケイ新聞 2013年8月3日 またも日本人狩り 死亡1、未遂1という事件に、検挙千数百人というのは、馬鹿馬鹿しいほどの多さであった。 この程度の事件に、それだけの人数が関係することなど、物理
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(74)
ニッケイ新聞 2013年8月27日 遠ざかる臣連の影 まず、認識派史観がこだわる様に、これら地方で起きた事件も、臣道連盟の指揮によるものであったのだろうか? 筆者は、事件の僅かな痕跡を追
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(59)
ニッケイ新聞 2013年8月6日 特攻隊ではなく特行隊 四月一日事件の直後、これも(以下、またも同じ表現の繰返しになって恐縮だが……)歴史上初めて、突如、表面に現れ、認識派史観Ⅶに転用された「特攻
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(75)
ニッケイ新聞 2013年8月28日 加藤幸平も否定 地方で事件が続発中、オールデン・ポリチカは、認識派に対する襲撃実行者(逮捕者)の内、臣道連盟と関係がありそうな人間は、サンパウロへ移送し
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ざっくばらんに行こう!=ニッケイ新聞合併15周年記念座談会=(2)=サ紙から紙借りて発行?
ニッケイ新聞 2013年8月30日 ■吉田尚則(よしだ・なおのり)=1940年9月、秋田県生まれ。蛭田社長呼び寄せ移民の最後として1964年に渡伯。68年〜70年までウニベルツール、その後6年間、雑誌