2013年
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(34)
ニッケイ新聞 2013年6月29日 「 四月六日 モスコー五日電で日ソ中立条約は継続されざることが…(略)…。日本では小磯内閣が辞職して鈴木カン太郎大将が…(略)…チト面白くない成り行きだ。…(略)…
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(18)
ニッケイ新聞 2013年6月7日 迫害(Ⅰ) 日本軍の戦況と共に、邦人たちが神経を尖らせていた関心事が、迫害であった。敵性国民となった自分たちに、この国の官憲や報道機関、民衆から、どの様な迫害があ
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(19)
ニッケイ新聞 2013年6月8日 話は少し変わる。ブラジルは枢軸国との国交を断絶しただけで、宣戦を布告したわけではなかった。が、2月、ニューヨークに近づきつつあったブラジルの商船がドイツの潜水艦に撃
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(22)
ニッケイ新聞 2013年6月13日 橋本自身、夜、家に石を投げられたり、昼間は「オー、ジャポネス……云々」とブラジル人に罵(ののし)られたこともある。「私と近所の佐藤さん、国井さん、あと二人、警察へ
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(23)
ニッケイ新聞 2013年6月14日 8月21日、サンパウロで、宮腰千葉太(前海興支店長)ら、邦人社会の著名人多数が拘引・拘留された。警察の話では、同じ日本人の密告であったという。 8月22日、遂に
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(24)
ニッケイ新聞 2013年6月15日 榛葉は、宮内省勤務の弟がいるだけであり、警視総監の兄弟などいなかった。スパイ行為も全くなかった。が、逮捕後ここに5カ月留置され、リオのイーリャ・ダス・フローレスに
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森和弘の秘められた過去=勝ち負け抗争と二世心理=(4)=黄禍論の中の少年時代=「日本人を即刻追放せよ」
ニッケイ新聞 2013年6月4日 事件多発を受けて、7月19日にはサンパウロ州執政官(現在の知事)マセド・ソアレスが勝ち組代表約1千人を州政庁カンポス・エリゼオスに呼んで、直接に説得工作を試みるも無
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(25)
ニッケイ新聞 2013年6月18日 サントス追い立て 1943年の7月8日、サントス市内の枢軸国人に、突如、立ち退き命令が下った。 なお、ここで枢軸国人と記したが、資料類は日独人と記しイタリア人を
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第2次大戦と日本移民=勝ち負け騒動の真相探る=外山 脩=(33)
「 44年、出征が決まった。日本に行かされるのではないか、とビクビクしていた。が、送られた先はイタリアだった」 「何度も戦闘を経験した。何回か覚えていない」 「雪の中で戦ったことがある。ドイツ兵が白装
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇前史編◇ (5)=失望のフィリピン、ブラジルへ=「悔いを千歳に遺すだろう」
ニッケイ新聞 2013年6月28日 青柳が移民を送り出していた当時のフィリピンは、1898年の米西戦争の結果、米国の支配下になっていた。1903〜4年がフィリピン向け移民のピークで5千余が渡った。ル