灰の聖水曜日――。ルス駅にかかる茶色の陸橋を横切ったとき、車は濃い雲のように汚れた煙をあびた。すると突然、今日は「灰の聖水曜日」だったことに気がついた。灰色のかたまり。強烈に石炭がにおう黄色い煙のかたまり。汽笛とともに吐き出されるかたまりは陸橋の両脇の空気を包みこんで路上の車を窒息させるようにおりてきた。 この汚れた雲が横から ...
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コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(7)=ダブルの生ビール――ドイツ移民
ピアニスト。村のガチョウの気を引きそうな顔した夢見る男。弾いては飲む。鍵盤のそばには生ビール。その視線はさまよう魂のように遠くにある。17世紀のピアニスト、ブルジョアの抒情詩人、職匠歌人(マスターシンガー)で空想家のハンスザックが、ビールの中にワウキリア《註=北欧神話の神々》の絹のベルトと金の指輪を求める魂と同じだ・・・。 ピ ...
続きを読む »コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(6)=ダブルの生ビール――ドイツ移民
ベネジチニョス(サンベント)修道院のドイツ製の時計、――時を告げる青銅の鐘が11回鳴る――そのころ夜の幻想がやってくる。天使のようなストラスブルゴの辛抱強い職人たちの魂が、ビザンチン様式《註=ビサンチン帝国(東ローマ帝国)で流行った建築様式》のサンベントの教会から真鍮の音符と――11回の青銅鐘の長い響き――となって飛び立つのだ ...
続きを読む »コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(5)=人形の街
人形の街。 別の子ども。別の女。別の男。また別の子ども。また別の女。また別の男、誰も彼も人形だ。いつもフジタ《註=藤田嗣治(つぐはる、1886―1968)東京生まれ。洋画家。第2次大戦後フランスに帰化》のように前髪をたらし、いつも小さく華奢で、いつも長い雨合羽・・・小さく、華奢で、ほそい。 カンバンに描かれた人形。板切れ、また ...
続きを読む »コスモポリス=1929年のサンパウロ=ギリェルメ・デ・アルメイダ=訳・中田みちよ=古川恵子=(4)=人形の街――日本移民
・・子どものときに想像したこと。 「こここに深い穴を掘って、掘って、深く、ものすごい深い穴を掘って、地球をつきぬけて、その中にあたまから落ちてズーズーズ、ポーン。一丁上がり。とうまい具合に向こう側の日本につく。落ちたときは頭が下なのに、着いたときは頭が上で、そのままうまい具合に着地するんだ」 ・・そして大人になってからもそんな ...
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白い漆喰の塗られた待合室に、飾られた色とりどりの紙の鎖と風船。カラフルだ。はじける大きな音。高い壇上にはファランドールを奏でるための二つのアコーデイオン。アコーデイオンとニチヨービ。長音が二つでぴったり重なる。女たちは揃って更紗を着、肩にはショール。頭にはネッカチーフ。そして、ジャラジャラと首飾り。昔のジプシースタイルの名残り ...
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コンパス・ローズ《註=「風のローズ」羅針盤の意》。モッカ区の高台。この高台にはサンパウロ中の風が住んでいる。 オラトリオ(祭壇)街。街でもなく、祭壇もない長い上り坂。疲れて足を引きずってしまう。登ろうか、登るまいか・・・いや、やめとこうか・・・。とにかく行こう・・・登った。これでOKだ・・・。サンパウロのハンガリー人の街。 日 ...
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ついこの間、ある友人にいわれた。「ほら、おぼえているかい、外国移民たちが住むサンパウロの各地区について書いたルポ・シリーズがあっただろう? 確か『エスタード』紙(註1)で、記憶違いでなければ1929年頃・・・、タイトルは『コスモポリス』だったはずだ。切り抜きはしてあるんだろうから、本にしようと思わないかい? もったいないじゃな ...
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