ニッケイ新聞 2014年4月9日 「軍事クーデター50年・独裁政治の撲滅を」式典の直前には、拷問の死者や行方不明者を役者が演じ、まるで死後の世界からメッセージを送っているかのような映像が20人分ほど流され、来場者は食い入るように見入った。その最後の方には日系活動家4人分も映し出された。 その一人、フランシスコ・セイコ・オクマさん ...
続きを読む »2014年
県連ふるさと巡り=開拓古戦場に思い馳せる=パライバ平野と聖北海岸=(10)=ピンダモニャンガーバ=「安田から日本人の歴史始まる」=長男は日系初の商工大臣
ニッケイ新聞 2014年4月9日 日本から米作専門技師を呼び、《日本式水田で日本式の一等米を生産した》という。カンピーナス東山農場の山本喜誉司がこちらの農場長も兼務し、付近の農地を買い集め、一時は2500アルケールを誇った(『富流原94頁』)。 安田良一が支配人をしたサプカイア耕地はコーヒー、牧牛、米作などを手広く事業を展開して ...
続きを読む »軍政開始50年と日系活動家=独裁政権と闘った若者たち=(中)=軍事革命かクーデターか=反ジャンゴ多かった日系農家
ニッケイ新聞 2014年4月8日 三宅ダルシさんが捕まった翌月、1972年2月19日に長野県軽井沢町で連合赤軍が浅間山荘事件を起こし、人質をとって立てこもった。熱い政治の季節だった。 独自の視点から『百年の水流』(2012年、改訂版)を書いた外山脩さん(72、静岡県)は2面に先週掲載された連載「軍政開始から50年」を読んで、「ワ ...
続きを読む »県連ふるさと巡り=開拓古戦場に思い馳せる=パライバ平野と聖北海岸=(9)=ピンダモニャンガーバ=念願の日本語学校を実現=安田家三男が挨拶に登壇
ニッケイ新聞 2014年4月8日 「創立期には日本人がほとんど全員入会した。青年会も盛んだった。でも父兄だけでは先生を雇う力がなかった。1964年に会館ができた後、68年から4年間、週2回我々が交代で先生をやって日本語教室もやった」と鈴木さんが言う通り、幾度も試みられたが、そのたびに困難に直面し長続きしなかった。 しかし、なんと ...
続きを読む »軍政開始50年と日系活動家=独裁政権と闘った若者たち=(上)=マリゲラと共にゲリラ活動=拷問で苦しんだ三宅ダルシ
ニッケイ新聞 2014年4月5日 「軍事クーデター50年・独裁政治の撲滅を」式典が3月31日、サンパウロ市南部にある市警36分署の裏、かつて左翼活動家の逮捕や拷問による情報収集と分析を目的とした軍施設のまん前で実施された。千数百人の参加者は、今も行方不明の活動家や拷問死した若者の顔写真を手に、軍政時代の人権侵害の歴史的事実の掘り ...
続きを読む »県連ふるさと巡り=開拓古戦場に思い馳せる=パライバ平野と聖北海岸=(7)=ピンダモニャンガーバ=登山鉄道が分岐する農業の町=マンチケイラ山脈の麓で
ニッケイ新聞 2014年4月4日 ミナス州アルフェナス市からふるさと巡りに参加した福元美代子さん(81、宮崎)は、「タウバテの芸能はすごかった。あれだけのレベルを地方で維持するのは大変な事」と感想を語った。コチア青年の第1回花嫁移民12人の一人として1959年に渡伯した。 3年前からミナスに住む娘夫婦に世話になっており、その町に ...
続きを読む »県連ふるさと巡り=開拓古戦場に思い馳せる=パライバ平野と聖北海岸=(6)=タウバテ=日米の歴史的人形この地に=戦後の工業移住30人以上
ニッケイ新聞 2014年4月3日 03年に山形県米沢市から姉妹都市タウバテに寄付された「山形千歳」と呼ばれる市松人形は、1927年に米国から日本の小学校に贈られた「青い目の人形」への返礼として名工に制作を依頼したものだった。当時350円(教師の月給が40円)と高価で、つぶらな大きな瞳に真っ黒な黒髪、気品が漂う笑顔を浮かべている8 ...
続きを読む »県連ふるさと巡り=開拓古戦場に思い馳せる=パライバ平野と聖北海岸=(5)=タウバテ=南半球最大のヘリ部隊見学=「W杯にも警備出動する」
ニッケイ新聞 2014年4月2日 14日午後、タウバテ文協の夕食交流会の前に一行は、市内にある陸軍精鋭が集まる航空部隊基地を2時間ほどかけて見て回った。 同地文協の元会長、田尻清隆さん(85、鹿児島)は会館の壁に貼られた日系将校の展示を指さしながら、「陸軍ヘリコプター部隊には小原彰陸軍少将ら日系将校がいたので、文協とは関係が深い ...
続きを読む »県連ふるさと巡り=開拓古戦場に思い馳せる=パライバ平野と聖北海岸=(4)=タウバテ=杉村公使歓迎した縁の地=〃稲作王〃西原清東も入植
ニッケイ新聞 2014年4月1日 笠戸丸以前、1905年に着任した杉村濬(ふかし)公使(三代目)がサンパウロ州の珈琲耕地視察の帰途、タウバテ駅に夜10時半に汽車がとまった。《夜間にもかかわらず市民が本官を歓迎せしごときは、もっとも意外の優遇とぞんじ候》と感激の面持ちで小村寿太郎外務大臣に書き送っている(『富流原』84頁)。 そん ...
続きを読む »県連ふるさと巡り=開拓古戦場に思い馳せる=パライバ平野と聖北海岸=(3)=「コロニアに役立つ事せよ」=中央線触媒に珈琲耕地西進
ニッケイ新聞 2014年3月29日 出光興産サイトから「お客様センター」に、出光佐三の養子に「政美」がいたかどうか問い合わせると、翌日にメールで返答があった。《出光佐三の個人的な情報であるため、弊社よりお伝えすることは致しかねます》とのこと。残念ながら証明は難しいようだ。 小田二三男さんは「出光佐三はもともと叔父にあたる方で、父 ...
続きを読む »