第44回ふるさと巡り=メキシコ、交流と歴史の旅~榎本殖民地を訪ねて~
-
第44回ふるさと巡り=メキシコ、交流と歴史の旅~榎本殖民地を訪ねて~=(7・終)=日本移民百周年学校を訪問=教育に力入れる春日カルロス氏
文化センター「江戸村」では、子供たちがかわいらしい着物姿で童謡「紅葉」を歌いながら迎えてくれた。この通りは「カルロス・カスガ・オサカ」通りと名付けられている。メキシコ日系社会のドンと呼ばれる春日カル
-
第44回ふるさと巡り=メキシコ、交流と歴史の旅~榎本殖民地を訪ねて~=(6)=榎本殖民の「夢の跡」へ=墓石に残る日本人の名
恥ずかしながら最後まで地名が覚えきれなかったのだが、一行はトゥストラ・グティエレス(tuxtla gutierrez)まで飛んだ。隣国グアテマラに面したチアパス州の州都で、約50万人の都市である。夜
-
第44回ふるさと巡り=メキシコ、交流と歴史の旅~榎本殖民地を訪ねて~=(5)=日墨協会挙げての大歓迎=ティオティワカンに登頂
「富士山通り」に日墨会館は建っている。大きな駐車場にバスが着くと、役員、会員のみなさんが入母屋式の会館前で迎えてくれた。 第二次大戦中、日本とメキシコは国交断絶し、当時メキシコ市にあつた日本公使館の
-
第44回ふるさと巡り=メキシコ、交流と歴史の旅~榎本殖民地を訪ねて~=(4)=クエルナバカの大聖堂=意外な日本との繋がり
小雨の降る中、一行はメキシコ国立自治大学(UNAM)へ。1551年創立で、わずか4カ月前に創立されたペルーのサンマルコス大学に次ぐ南北アメリカで2番目に古い大学だ。三人のノーベル賞受賞者を輩出してい
-
第44回ふるさと巡り=メキシコ、交流と歴史の旅~榎本殖民地を訪ねて~=(3)=世界唯一の日系インター校=辿り着かないメキシコ料理
メキシコ学院はかつて、日墨学院と言われていた。メキシコの漢字表記は「墨西哥」だからだ。しかし、「墨っていうのも…」という声があり改称されたようだ。 1974年に両国の文部大臣が会談した際に案が出て、
-
第44回ふるさと巡り=メキシコ、交流と歴史の旅~榎本殖民地を訪ねて~=(2)=厳重ホテルに警戒気分=ゴンちゃんガイドで睡魔
部屋の冷蔵庫に鍵がかかっているので謎に思っていると、20ドルほどのデポジットを入れないと鍵をくれないという。ふ~む、なかなかに厳重だ。そしてホテルの貴重品ボックスの扉に鍵も鍵穴もない。これもフロント
-
第44回ふるさと巡り=メキシコ、交流と歴史の旅~榎本殖民地を訪ねて~=(1)=いざ、メキシコ(墨西哥へ)!=タコスとビールに酔う初日
9月24日~10月1日の日程で『県連第44回ふるさと巡り』(本橋幹久団長、参加者数90)でメキシコを訪れた。世界で唯一、日本人学校と現地校が融合した「日本メキシコ学院」、首都メキシコシティや古都クエ