ラプラタ川の河口部から実に約2千キロもさかのぼった現在のグアイーラ周辺に教化部落が作られたのは1557年。なんと459年も前だ。 日本なら戦国時代、川中島の戦いが起きた年だ。ポルトガル人商人が種子島に流れ着いて鉄砲を日本人に伝えたのは1543年だから、教化部落開設の14年前。そんな時代にスペイン人はここまで来ていた。 サン ...
続きを読む »第46回県連故郷巡り=悠久と躍動の北西パラナ
第46回県連故郷巡り=悠久と躍動の北西パラナ=(8)=トルデシリャス条約500周年の地
グアイーラの生き字引は、1958年3月サントス着のアフリカ丸で渡伯した会田(あいた)清さん(79、山形県)だ。同郷会の呼び寄せだった。 「陸路の道ができたのが1960年頃。僕がきた65年頃は、まだ原始林ばかり。雨が降ったらドロドロのテーラ・ロッシャでしょ。アサイから車でここに来るまでに、雨が降ったら一週間もかかった」と思い出 ...
続きを読む »第46回県連故郷巡り=悠久と躍動の北西パラナ=(7)=豪快な戦後移民の劇的人生
豪快な戦後移民、田口功さんの奥さんはイタリア系ブラジル人医師だった。多くを語らないが、田口さんがスーパー経営などの幾つかの事業で成功していたこともあり、治安問題に頭を悩ませていた。強盗がサンパウロ市南部の自宅を襲ったのを機に、彼女との安穏な余生を暮らすために10年前にカラガタツーバの海岸沿いに家を買ってサンパウロ市から移ってい ...
続きを読む »第46回県連故郷巡り=悠久と躍動の北西パラナ=(6)=何気ない朝食でアントニオ猪木
翌朝10月1日(土)にホテルで、朝食中に参加者の笹島弘美さん(78、プレジデンテ・プルデンテ生まれ、二世)、妻のローザ・トコヨさん(72、アサイ生まれ、二世)に、ウマラマ日伯文化体育協会との交流会の感想を聞いた。 夫の弘美さんは「立派な会館で驚いたし、婦人部の食事も美味しかった。ヤキソバの入ったすき焼きが面白かった」と満足の ...
続きを読む »第46回県連故郷巡り=悠久と躍動の北西パラナ=(5)=この地で健闘する戦後移民
ウマラマといえば青年隊の〝故郷〟との印象だったが、この地でもコチア青年を見つけた。パラナ州に入ったのは戦前移民の子供世代が中心だったが、今回の旅を通して、青年隊はもちろん、意外に戦後移民があちこちに入って健闘していることを痛感した。 たとえばコチア青年1期1回の高橋隆さん(79、山形県)だ。のっけから「ブラジルは面白いよ。何 ...
続きを読む »第46回県連故郷巡り=悠久と躍動の北西パラナ=(4)=新しい「故郷巡り」始まる
「ゲートボールが大好き。この間、ゴヤスの大会で1位になったのよ」と元気ハツラツの武内マリエさんに年を聞くと、「92歳」とのこと。驚くほど生命力にあふれている。パラナ州に近いサンパウロ州最西部オーリーニョス生まれの二世だ。当たり前だが、移民108年目だけに、初期移民から生まれた二世はすでに90代だと痛感する。 「戦前から陸上を ...
続きを読む »第46回県連故郷巡り=悠久と躍動の北西パラナ=(3)=町誕生で続々とサンパウロ州から
9月30日(金)午後、故郷巡り一行は現地が誇る巨大企業ザエリ(Zaeli Alimentos LTDA)の工場を見学。夜はウマラマ文化体育協会で交流会が行われ、現地からは約30人が参加した。 町の人口は10万7千人、市制開始は1955年で、青年隊第1陣が到着する前年だ。つまり、日本人はほぼ市の歴史と共にある。北パラナ最大の都 ...
続きを読む »第46回県連故郷巡り=悠久と躍動の北西パラナ=(2)=産業開発青年隊のふるさと
ウマラマ市から70キロほどのセーラ・ドス・ドウラードスには、今年60周年を祝う「南米産業開発青年隊」の訓練所があった。彼らにとってはまさに「ふるさと」と言えるゆかりの地だ。これは、農家の次男、三男問題を解決するために建設省が作った制度で、当時の事務官だった長沢亮太氏が中心となり、南米に326人を送り込んだ。今年60周年を迎え、 ...
続きを読む »第46回県連故郷巡り=悠久と躍動の北西パラナ=(1)=ゆかりの深いウマラマ
第46回県連ふるさと巡り一行119人は9月29日から10月5日にかけて、北西パラナのウムアラマ、グアイーラ、カスカベルの日系団体と交流し、最後にジュレマ温泉を訪れた。南麻州との州境、パラグアイとの国境に面したパラナ州北部から西部は、サンパウロ市からバスで10時間から16時間もかかる遠隔地だが、南米産業開発青年隊の訓練所がかつて ...
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