下りた幕が、また上がる? 昨今、何処へ行っても、その地の文協は精気を失いつつある。事実上、活動を停止しているところも、かなり多い。 それも時の流れ‥‥というのが、大方の観方、諦め方であろう。文協の活動停止は、その地域の日系社会の終りを意味する。 ところが、そうした中で、リベイラ流域の文協の活性化が、異彩を放っている。放ち ...
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(19)
98㌫の票を獲得した日系市長候補 以下、話の趣きは変わるが。── 2012年10月の統一地方選挙の折、あるムニシピオで、日系の市長候補が98㌫の票を獲得して当選した‥‥と報じられた。筆者は(そういうことが、現実に起こり得るだろうか?)と疑問を抱いたが、見出しだけ読んで本文には目を通さなかった。 ところが、後日、それがカジ ...
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運というもの リベイラ流域のバナナは、昔から、河川の沿岸で栽培されてきた。上流から運ばれる肥料分で、土が豊饒なためである。 しかも収穫後は岸まで運べば、後は船で輸送できた。しかしながら、しばしば何処かが大雨で氾濫した。 すると、被害を受ける生産者が出、市場への出荷量は減り、市況は上昇した。被害を免れた生産者は儲けた。誰も ...
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フランコさん レジストロの郊外でバナナ園を営む大矢フランコさんは、2012年7月、筆者が初めて会った時、80代の半ばであった。 が、毎日、早朝に起床、自分で車を運転して90ヘクタールの農場を見回り、仕事の段取りを35名の労務者に指示、BR116を大型カミニョンが前後を疾走する中、100キロくらいで飛ばして8キロ離れた市街地 ...
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ファミリア・マガリオ リベイラ流域では、時代が下ると、植民地や集団地とは関係なく──若しくはそこから脱して──独自に土地を入手して営農する邦人、日系人も、少なからず現れた。 農業界で生き残って活躍した‥‥あるいは活躍しているのは、むしろ、そういう人々である。 以下、筆者が取材できたその事例を数件紹介する。いずれもバナナ作り ...
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ジュキア線 本稿②で記した様に、リベイラ流域の邦人の開発前線は、移植民会社が造った植民地と自然に生まれた集団地によって、構成されていた。前者については、前項までに概説した。 後者はジュキア線(の駅の周辺)にできた。筆者は、現地を取材したかったが、残念ながらできなかった。ために資料類を参考に、ごく簡単にまとめて ...
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ただ1家族の残留者 筆者は、海興の植民地づくりは、キロンボが最後であった‥‥と長く思い込んでいた。先に記した様な体たらくからすれば、さらに新設したとは、想定できなかったし、そういう記録も目にしなかったからである。 とこ ...
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存在感を維持 暗い話になってしまったが、2013年1月のセッテ・バーラスは、ごく普通の明るいムニシピオだった。 人口は1万3、600人、日系は戦前の最多期は380家族居ったが、この時点では80家族ということであった。比率が少ない割には、日系の市長が続いていた。 ...
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森の中の白骨死体(Ⅱ) 2013年1月、筆者は再度のリベイラ流域の旅の途中、セッテ・バーラスで、前項の白骨死体の話を耳にした。そこで、遠藤寅重さんに 「現地へ連れて行って貰えないでしょうか。途中、道は悪く、植民地の跡も森に戻ってしまっていて、車で中に入ることは難しいかもしれませんが、できるだけ近くへ行って感じを掴むだけで結 ...
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森の中の白骨死体(Ⅰ) 2005年の5月のことである。レジストロの北隣りのムニシピオ、セッテ・バーラスの警察署に、異様な届け出があった。町の北方、森の中の日本人の家で、白骨死体が見つかった──と。 そこ ...
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