『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(20)
下りた幕が、また上がる? 昨今、何処へ行っても、その地の文協は精気を失いつつある。事実上、活動を停止しているところも、かなり多い。 それも時の流れ‥‥というのが、大方の観方、諦め方であろう。文協
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(19)
98㌫の票を獲得した日系市長候補 以下、話の趣きは変わるが。── 2012年10月の統一地方選挙の折、あるムニシピオで、日系の市長候補が98㌫の票を獲得して当選した‥‥と報じられた。筆者は(そう
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(18)
運というもの リベイラ流域のバナナは、昔から、河川の沿岸で栽培されてきた。上流から運ばれる肥料分で、土が豊饒なためである。 しかも収穫後は岸まで運べば、後は船で輸送できた。しかしながら、しばしば
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(17)
フランコさん レジストロの郊外でバナナ園を営む大矢フランコさんは、2012年7月、筆者が初めて会った時、80代の半ばであった。 が、毎日、早朝に起床、自分で車を運転して90ヘクタールの農場を見回
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(16)
ファミリア・マガリオ リベイラ流域では、時代が下ると、植民地や集団地とは関係なく──若しくはそこから脱して──独自に土地を入手して営農する邦人、日系人も、少なからず現れた。 農業界で生き残って活
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(15)
ジュキア線 本稿②で記した様に、リベイラ流域の邦人の開発前線は、移植民会社が造った植民地と自然に生まれた集団地によって、構成されていた。前者については、前項までに概説した。 後者は
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(14)
ただ1家族の残留者 筆者は、海興の植民地づくりは、キロンボが最後であった‥‥と長く思い込ん
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(13)
存在感を維持 暗い話になってしまったが、2013年1月のセッテ・バーラスは、ごく普通の明るいムニシピオだった。 人口は1万3、60
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(12)
森の中の白骨死体(Ⅱ) 2013年1月、筆者は再度のリベイラ流域の旅の途中、セッテ・バーラスで、前項の白骨死体の話を耳にした。そこで、遠藤寅重さんに 「現地へ連れて行って貰えないでしょうか。途中
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『百年の水流』開発前線編 第三部=リベイラ流域を旅する=外山 脩=(11)
森の中の白骨死体(Ⅰ) 2005年の5月のことである。レジストロの北隣りの
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