2019年
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(24)
破竹の勢い 1946年1月、バンデイランテ産組の理事会は、バストスに出張所を開くことを決定、所長に水間久を指名した。水間は固辞したが、専務の原田は辞令を送付した。すると水間は上聖、理事会で、存亡の危
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(23)
ブラジル一! 話をもう一度、終戦直後に戻す。 何度も書いたことだが、当時この国の蚕糸業は崩壊、バストスもバストスそのものが半ば壊滅してしまっていた。大半の住民が生きる方途を求めて、次々と他へ移動し
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(22)
新たな危機! 世界一となったブラタク製糸にも、実は新たな危機が近づいていた。生糸の販売量の恐ろしいほどの減少である。1991年の1、000㌧台から以後漸減し、21年後の2012年には半分の500トン
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(21)
遂に一社だけに… 1983年、この国の生糸の生産はブラタク製糸が52%を占め、日系進出組が47%、非日系1%となっていた。ブラタクは、進出組6社と競合、過半のシェアを確保していたのである。 進出組
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(20)
進出企業と競合、生き残る 順風満帆の、そのさ中、またもブラタク製糸の存亡に関わる大異変が発生した。1972~76年、日本の生糸メーカー6社が進出してきたのだ。カネボー、グンサン、昭栄、コーベス、東邦
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(19)
技術、技術、技術… 1952年、蚕糸業界は往年の活況を取り戻していた。 同年、ブラタク製糸の役員が改選され、社長=加藤好之、役員=井久保治、天野賢治、谷口章となった。従業員は344人、生糸は年産4
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(18)
蚕糸の鬼 話を終戦直後に戻す。 バストスでは蚕糸業者が次々、廃業していた。そういう時、その蚕糸業に執着していた男がいた。 橋本光義という山梨県人である。資料類は彼を「短躯ながらも剽悍、直情径行、
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(17)
事件相次ぐ 溝部事件の翌4月の30日、バストスの敗戦派7人の店や住宅に小さな箱が届けられた。見かけぬ非日系の子供が持ってきたという。 届け先は池田正雄の店、草原義松、大場八郎、山中権吉、阿部一郎、
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(16)
溝部事件――今なお真相は不明――。 そして3月7日夜、殺気は現実のモノとなった。溝部幾太が自宅の裏庭で射殺されたのである。 それから69年後の2015年、筆者は溝部の娘さん二人に会った。娘さん…
-
『百年の水流』開発前線編 第四部=ドラマの町バストス=外山 脩=(15)
町に殺気が… 同時期、各地の邦人社会に流言飛語がとびかっていた。その中に「日本海軍の艦隊が近くサントスに入港する。邦人を祖国に迎える使節を乗せている」という報があった。無論、デマであったが、それを信