連載
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ざっくばらんに行こう!=ニッケイ新聞合併15周年記念座談会=(1)=戦後移住と邦字紙の関係
ニッケイ新聞 2013年8月29日 ニッケイ新聞OB会(田村吾郎会長)の協力により、前身であるパウリスタ新聞、日伯毎日新聞時代から現在までの流れを振返る座談会を8月12日午前、社内で実施した。パウリ
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇戦前編◇ (34)=桂に続け! 続々と植民地誕生=「さあ本番」で渡航中止
ニッケイ新聞 2013年8月28日 水野龍が最初、サンパウロ州政府と契約を交わそうとした時、「単独青年」を想起していた。それまで北米や東南アジアへ送られていた出稼ぎ移民はみな単独青年であり、それが当
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇戦前編◇ (33)=青柳は日本政府の手先か=移民の側から見た人物像
ニッケイ新聞 2013年8月27日 明治のお歴々を後ろにした青柳は、当時の移民の側からすると、どんな存在だったのか。また「日本人植民地」を前面に出して事業を進める海興のやり方に対して、内乱に過敏な中
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年◇戦前編◇ (32)=リベイラ沿岸の神様・北島=平野、上塚植民地創設の素因
ニッケイ新聞 2013年8月24日 西館正和は「父はこちらに来るまで百姓なんてしたことがない人でした」。父繁太郎は元々、軍師団の戦死者の霊を祀る、靖国神社から分祀をした旭川招魂社の管理人をしていたと
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇戦前編◇ (31)=日露戦争従軍者が多く参加=〃鎮台〃に誘われ桂入植
ニッケイ新聞 2013年8月23日 90歳前後の二世がゴロゴロいるリベイラ河沿岸地方だが、北海道生まれの一世、西館正和さん(90)=イグアッペ在住、3月13日取材=も健在だ。 前節で紹介した桂小学
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇戦前編◇ (30)=小学校、組合、教会も=初物づくしの桂植民地
ニッケイ新聞 2013年8月22日 桂初入植の翌年1914(大正3)年には自治組織として「桂人会」が設立された。日本人会の嚆矢といえる存在だ。 『イグアッペ植民地創立二十周年記念写真帳』(1933
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇戦前編◇ (29)=初植民地創立の気分に=満ち満ちる明治の気魄
ニッケイ新聞 2013年8月21日 農業経験も資本もない〃バガブンド〃が、サトウキビ栽培や米作で好成績を収めたことで、後発者に大きな勇気と好印象を与えた。入植者を最初は海興の試験場のカマラーダとして
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇戦前編◇ (28)=〃バガブンド〃が先駆者に=「失敗したら次はない」
ニッケイ新聞 2013年8月20日 桂植民地は当初から予定されたものでなく、時の隣接州の内乱とレジストロ地方開発の大きな勢いに巻き込まれるような形で、郡長からの提案で後から追加され、結果的に「最初」
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇戦前編◇ (27)=回り始めた〝巨大な歯車〟=「見てはいけない事件」か
ニッケイ新聞 2013年8月17日 南大河州では1835年から1845年まで「ファラッポスの戦い」が起き、ブラジル帝国に対して「リオ・グランデ共和国」独立を宣言した土地柄だと連載18回で紹介した。加
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日本移植民の原点探る=レジストロ地方入植百周年 ◇戦前編◇ (26)=不明解な土地境界線問題=コンテスタード戦争勃発
ニッケイ新聞 2013年8月16日 東京シンジケートの代表青柳郁太郎は1912年3月にサンパウロ州政府と官有地無償払い下げと植民地建設の契約(コンセッソン)を結び、翌13年3月に東京で「伯剌西爾拓殖