連載
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世界市民的な移民女性=平田美津子という生き方=第2回=大東亜省で大臣秘書に=「東京ローズ」と働く
ニッケイ新聞 2011年10月18日付け 1940年7月に成立した第2次近衛内閣で外務大臣に就任した松岡洋右は、強烈なリーダーシップをみせ、それまで官僚主導だった外交を転換させるべく、重光葵(駐英大
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世界市民的な移民女性=平田美津子という生き方=第1回=英語で教育された才女=父と兄弟3人は外交官
ニッケイ新聞 2011年10月15日付け 「コスモポリタン(世界市民)そのものの移民女性の生涯を書いてみたいと思いました」。ブラジル日本移民史料館9階で9月15日夜に行なわれたポ語人物評伝『Ceci
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南米産業開発青年隊55周年=夢の新天地を求めて=(下)=「ポルトガルの岡井」=指圧師の元祖として活躍
通称「ポルトガルの岡井」、10期生岡井吉重さん(72、青森)は、指圧師のパイオニアとしてポルトガルで成功した青年隊の変り種だ。 ギターに没頭した高校時代、ラジオで聞いたフラメンコに感動を覚え、スペ
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南米産業開発青年隊55周年=夢の新天地を求めて=(中)=訓練所の思い出深い生活=NECなどに続々と就職
青年隊として正式に移住枠を取得し、訓練所での生活が始まったのは58年以降のことだった。第1期生から9期生までがウムアラーマの訓練所で約1年間の共同生活を営んだ。 国の事情を確かめ、気候風土に慣れ、
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〜OBからの一筆啓上〜先人の残した〃栞〃=古杉征己(元ニッケイ新聞記者)
ニッケイ新聞 2011年10月12日付け 渡伯11年。ニッケイ新聞記者をスタートに、これまでいくつかの職場を渡り歩き、また、2年間サンパウロ市内の大学に通ってブラジル労働法を研究するなどした。 邦
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南米産業開発青年隊55周年=夢の新天地を求めて=(上)=始まりは神代組から=青年の勢いで渡伯決定
今年55周年を迎えた南米産業開発青年隊(以下、青年隊)は、農業の研修を受けながらも機械や土木技術者としての訓練も受けた独特の制度として知られる。1956年に渡伯した「神代組」から始まり全部で326人
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懐かしのGV州立職業学校=(下)=奥地から日系子弟が出聖=帰郷の交通費も支給
ニッケイ新聞 2011年9月30日付け 同窓会を取り仕切る委員会代表で、4代目校長のマリオ・イアネッタ氏の挨拶後、65年卒業のアウド・デマルキサンパウロ州議はステージで、「今日は歴史的な日」と感無量
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懐かしのGV州立職業学校=(上)=戦後コロニアの〃光明〃=創立百周年、同窓会開く=昨年、記念書籍も発行
ニッケイ新聞 2011年9月29日付け 「あの時代の日本人は、皆GVを目指していた」——。今年で創立100周年を迎えたサンパウロ市イピランガ区のジェトゥリオ・ヴァルガス州立職業学校(Escola T
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イグアス移住地50周年=パラグアイの若い息吹=最終回=藤倉電線が社員50人募集=「第2期開拓」に向けて
ニッケイ新聞 2011年9月14日付け 入植時に家長だった「第1世代」の多くは鬼籍に入り、当時二十歳前後の青年だった「第2世代」が60〜70代の重鎮となって第一線を退き、当時幼少の子供もしくは当地生
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〜OBからの一筆啓上〜邦字紙の使命と安定した存続=六角昌文(元日伯毎日新聞記者)
ニッケイ新聞 2011年9月14日付け 若者は将来の夢や希望に胸を膨らませ、老人は過去の自分に思いを馳せて生きるもののようだが、自分も寄る年波には抗し切れず老境に入ったのもあって、過去の思いに耽るこ