連載
-
日本語教育リレーエッセイ=第15回=日本語よ!ありがとう!=ブラジリア=山西高史
ニッケイ新聞 2011年1月29日付け 日本語とは生まれてからの付き合いです。私は高知生まれの日系三世で、生後10カ月の時にブラジルへ来ました。両親はとても日本文化を尊重する人たちで、私は毎日日本語
-
リオ被災地緊急ルポ=SOS届け!支援の手=《3》=安否心配して一軒一軒へ=私事は後回しの渡辺会長
ニッケイ新聞 2011年1月29日付け 「大丈夫か?!」。ノヴァ・フリブルゴ日伯分化体育協会の渡辺求会長は災害発生直後から120日系家族の安否を心配していた。災害発生から3日間のうちに大部分の家族の
-
リオ被災地緊急ルポ=SOS届け!支援の手=《2》=高級マンションが全壊=「誰が予想できたか?」
ニッケイ新聞 2011年1月28日付け 22日午後、リオ市内から車を走らせること4時間、180キロメートル離れたノヴァ・フリブルゴ市に向かっていた。途中、テレゾポリス市脇の街道を通過した一行は、半分
-
リオ被災地緊急ルポ=SOS届け!支援の手=《1》=緊急事態に一致団結=日系家族を襲った悲劇
ニッケイ新聞 2011年1月27日付け 【リオ市発】「悪魔にやられた。こりゃ、日本の地震と同じだ」。昨年正月のイーリャ・グランデ島の土砂崩れに続き、今年もリオで悪夢が蘇えった。800人以上の死者を出
-
日本語教育リレーエッセイ=第14回=日語学校は心が落ち着く=パワーをもらう場所!=ピラール・ド・スール日本語学校卒業生=川畑良子
ニッケイ新聞 2011年1月22日付け 私はピラール・ド・スール日本語学校に3歳のころから通い始めました。ブラジル学校の高校生になってからピラール・ド・スールではなく、ソロカーバで勉強しました。1年
-
日本語教育リレーエッセイ=第13回=宝物になった日本語=ピエダーデ=弘末真知枝
ニッケイ新聞 2011年1月15日付け 私は3歳ぐらいのときから今までずっと、ピエダーデ日本語学校で日本語の勉強をしています。 幼稚園のころ、日本語学校に行くことは義務的な事だと思っていました。で
-
日本語教育リレーエッセイ=第12回=日本語に出会えて良かった!=コロニア・ピニャール=広瀬亜佐美
ニッケイ新聞 2011年1月8日付け 私はコロニア・ピニャール日本語モデル校の中級2年生です。4才の時から日本語学校に通い始めました。今では、もう12年にもなります。 当時はあまり何が何だかよく分
-
日本語教育リレーエッセイ=第11回=バストス日語教育の考察=下=宇佐美宗一
ニッケイ新聞 2010年12月25日付け 現在行われているイベントは、全て最高に運営されている。しかし日本学校の経営にはこの10年間は、試行錯誤を重ねてきた。 日本語学校の新校舎が出来てから、数年
-
日本語教育リレーエッセイ=第10回=バストス日語教育の考察=中=宇佐美宗一
ニッケイ新聞 2010年12月18日付け その頃パウリスタ沿線のコロニアの各地は、既にポ語社会であった。その為日本語離れが進んでいて、日本語存亡の危機が叫ばれていた。 外国語禁止法令はあったが、殆
-
日本語教育リレーエッセイ=第9回=バストス日語教育の考察=上=宇佐美宗一
ニッケイ新聞 2010年12月11日付け はじめにバストス日系文化体育協会と汎パウリスタ連合日伯文化協会の概要に就いて話を進める。 バストス日系文化体育協会の始まりは、1930年にバストス会として