連載
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県連ふるさと巡り=日伯の絆たどる旅=ES・ミナス路を行く=連載《7》=ウジミナス社を訪問=最先端の製鉄技術に関心
ニッケイ新聞 2007年10月25日付け 五日目は、ミナス・ジェライス州に大きく貢献している日系企業、ウジミナス社を訪問した。イパチンガ日伯文化協会の金兼文典会長が通訳として働いているために、同社を
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ブラジル農業界への日系貢献のシンボル=コチア産組=新社会の建設=創設者の光と影=下元健吉没後50周年=連載《第21回》=畑で作る組合員との関係=本心ではバタタよりカフェ
プレ百周年特別企画 2007年10月25日付け 下元を成功させた要因には、もう一つ、よく言われるような「運」があった。無論、その運の中には、死に物狂いで働き引き寄せた部分もあったであろう。 しかし
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県連ふるさと巡り=日伯の絆たどる旅=ミナス・ES路を行く=《連載6》=イパチンガ=日系企業と育った町=百周年で日本庭園も計画
ニッケイ新聞 2007年10月24日付け イパチンガ日伯文化協会(金兼文典会長)の会館が改装中のため、交流会は山九㈱が所有するクラブ「Clube Dr.Kozo Nakamura」で行われ、同協会、
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ブラジル農業界への日系貢献のシンボル=コチア産組=新社会の建設=創設者の光と影=下元健吉没後50周年=連載《第20回》=一番下の運転手から聞く=誰より詳しい各地の情報
プレ百周年特別企画 2007年10月24日付け 元職員・遠藤健吉さんの話の続き。 「兄の案内で、私はコチアの本部へ行き、下元と会った。挨拶したが、専務理事というようなイメージではなく(イモ親父だな
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ブラジル農業界への日系貢献のシンボル=コチア産組=新社会の建設=創設者の光と影=下元健吉没後50周年=連載《第19回》=認識運動の地方会場で護衛=「生きて出られないかも」
プレ百周年特別企画 2007年10月23日付け 栗原章行氏は一九四四年、二十代半ばの頃にコチアに就職した。現在八十代半ばになる。 「私が組合に入ったのは養鶏が盛んになり始めた頃で、組合本部の横の三
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県連ふるさと巡り=日伯の絆たどる旅=ES・ミナス路を行く=連載《5》=ミナス=日本との関係残るイパチンガ=文協会館はウジミナスから
ニッケイ新聞 2007年10月20日付け 交流会の余韻を残したまま四日目に突入。エスピリト・サント州ヴィトリアからミナス・ジェライス州のイパチンガまで国道262号を通り、約四百キロの道程をバスで移動
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ブラジル農業界への日系貢献のシンボル=コチア産組=新社会の建設=創設者の光と影=下元健吉没後50周年=連載《第18回》=家庭では穏やかな一面も=食事も寝る時も猫と一緒
プレ百周年特別企画 2007年10月19日付け 志村啓夫氏は既に登場した。一九四一年当時、マリリアに居って、地元の組合から事務見習いということで、サンパウロへ派遣された。この人は産青連のメンバーであ
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アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(9)=多彩なアマゾンの漁=ウナギ怖がるインジオ
ニッケイ新聞 2007年10月19日付け ◇魚の話(2) 森の中や川のなかには食糧が充満している。それを手に入れる術を知らないために飢餓に陥る。ピサロが失敗したのは、率いるインジオと現地に住むイン
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県連ふるさと巡り=日伯の絆たどる旅=ES・ミナス路を行く=連載《4》=ヴィトリア=創立24年目の日系協会=〝子供たち〟と感動の再会
ニッケイ新聞 2007年10月19日付け 午前中に市内観光を終わらせた一行は、地元日系団体のヴィトリア日系協会(松永扶男会長)と交流を行うべく同会館を訪れた。大型バスが近くまで入ることができないため
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ブラジル農業界への日系貢献のシンボル=コチア産組=新社会の建設=創設者の光と影=下元健吉没後50周年=連載《第17回》=派手な恰好の職員を一喝=「組合員は土まみれだ」
プレ百周年特別企画 2007年10月19日付け 「怒鳴られながらも、彼を親父さんと慕い、身命を賭しても、という気持ちを従業員達に抱かせた」 下元の、こういう魅力が一九三〇年代末からの、産青連運動を