連載
-
JICA青年ボランティア リレーエッセイ=最前線から =連載(27)=原規子=西部アマゾン日伯協会=「アマゾンに暮らす」
2006年2月2日(木) 日本語教師という職業柄、といってもブラジルに来てから初めて経験する職業だが、アマゾンに暮らしているとインディオの文化に触れることが多く、ボイ・ブンバの影響もあって最近の私の
-
ブラジル雑語ノート――「和泉雅之・編」の”順不同”事典――=連載(5)=カシャサ=色白の美少女かきちがい水か
2006年1月31日(火) カシャサ (Cachaca) とは、サトウキビからつくる蒸留酒であり、広義のラム酒に属するもののひとつ。ブラジルでは、十六世紀半ばから、サトウキビの組織的な栽培がはじまり
-
ブラジル雑語ノート――「和泉雅之・編」の〃順不同〃事典――=連載(4)=フェイジョアーダ=豆と肉を煮込んだ常食料理
2006年1月25日(水) 今日のブラジルで、フェイジョアーダ (Feijoada) といえば、黒豆(インゲンのなかで黒色の品種)と塩漬け肉やケーシング(腸詰め)などを、いっしょに煮込んだ料理とされ
-
阪神大震災から11年=あの頃、日系ブラジル人は――被災体験記者が聞く=連載(4)=苦難乗り越えた日系人=「記者も忘れず生きたい」
2006年1月20日(金) 昨年十二月二十二日、総務省消防庁は、兵庫県内の阪神大震災の死者数六千四百一人を改め、一人多い六千四百二人とすると発表した。十一年経った今でも爪あとは残っている。それとは裏
-
JICA青年ボランティア リレーエッセイ=最前線から =連載(26)=東万梨花=トメアス総合農業協同組合=パラエンセのスピリット
2006年1月19日(木) 乾期になり、八月くらいから工場の主力製品「アサイ」の搾汁が始まった。パラ州特有の椰子で、果実は径一・五センチ弱、重量二グラム弱ととても小さいが果房にビッシリとつく。 高
-
阪神大震災から11年=あの頃、日系ブラジル人は――被災体験記者が聞く=連載(3)=車椅子生活になった今=前田さん=演劇、福祉支援実践し幸せ
2006年1月19日(木) 地震前日の夜、「気味が悪い」と感じるほど大きく、濃いオレンジ色の月が出ていたのを今でもはっきり覚えている。地震の予兆と思われるものをあとになって「そういえば」と思い返す人
-
阪神大震災から11年=あの頃、日系ブラジル人は――被災体験記者が聞く=連載(2)=夢か現実か分らなかった=猪坂スエリーさん=初体験、恐怖で震え
2006年1月18日(水) 地震発生から七日後の二十四日午前、グアルーリョス空港に三十六人のブラジル人被災者が無事、到着した。帰国費用はブラジル政府が一切負担。一刻も早く、ブラジルに帰って親、兄弟に
-
阪神大震災から11年=あの頃、日系ブラジル人は――被災体験記者が聞く=連載(1)=倒壊家屋の下敷に―失神=筒井律子さん=受けた沢山の優しさ
2006年1月17日(火) 午前五時四十六分―。また、あの寒い朝を思い出す。一九九五年一月十七日、近畿地方を襲った阪神・淡路大震災は、一瞬にして神戸を灰色の街に変えた。記者は当時十一歳。被害が最もひ
-
ブラジル雑語ノート――「和泉雅之・編」の”順不同”事典――=連載(3)=ジャルジン=すてきな相手をみつける恋の広場
2006年1月14日(土) ジャルジン (Jardim) は、町の中心部にある、「花壇をそなえた広場」のこと。大きさはさまざまだが、矩形(多くの場合長方形)で、外周に小石をモザイク状にならべた、石畳
-
ブラジル雑語ノート――「和泉雅之・編」の〃順不同〃事典――=連載(2)=ジャネラ=若いふたりをとりもつ窓
2006年1月13日(金) ジャネラ (Janela) は「窓」にちがいないが、別の意味は、「未知のふたりが知り合う場所」、または「窓を仲介する若い男女の出会い」。二十世紀初めころまでのブラジルで、