連載
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唄でつづるカンゲイコ=柔道(3)=疲れ直しに日本の古い唄 喜んで唱和する非日系人
8月12日(木) カンゲイコは始まった。毎年のことであるけれど、生徒たちはその体力と精神力の限界までの練習を強制される。そうすると、身体の痛みに泣いたり、呼吸困難になったり、また、他道場の生徒とうま
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唄でつづるカンゲイコ=柔道(2)=塩沢良平氏に学ぶ=穏やか控えめな静かさ(2)
8月11日(水) 七月十日、(ポッソスで)一学期の修了式を行い、集まった百人の生徒らに、お母さんたちがつくったカショーロケンチを食べさせた。 プリシーラ君(18)は「ボア・ヴィアジェン、センセ」
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30年ぶりの成長軌道へ=会議所懇談会=オレンジは輸出新記録(下)
8月11日(水) 【自動車】は下期の販売台数は百三万八千台で、メーカーが長期融資と週末キャンペーンを行い国内販売は一二%増加。アルゼンチン経済回復により、外国販売は四%の増加で好調。下期は材料費の値
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唄でつづるカンゲイコ=柔道(1)=頃はよし、寒波襲来=ポッソスとバストスで
8月10日(火) ミナス州ポッソス・デ・カルダス市を本拠に柔道を指導している松尾三久さん(61)は、市民からは「センセ」(先生)と呼ばれ、自称は「カンゲイコ屋」だ。寒稽古はいまやポ語化しているので
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30年ぶりの成長軌道へ=景気回復の波に乗れ=会議所懇談会(上)=繊維 寒波襲来で在庫一掃=〝快晴〟や〝晴天〟多数
8月10日(火) 「明るい業界が多くなって来ており、景気回復の波に乗った」と多田稔企画委員長は明るい声で上半期の経済動向を総括した。ブラジル日本商工会議所(田中信会頭)の業種別部会長懇談会が、五日午
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「グヮポレ移民」50年=苦闘ののち、ある「今」(終)=日本での自殺者急増気掛かり=門脇さん「ここの過去聞かせたい」
8月7日(土) コロニアに入ってすぐ、墓地がひっそりとした佇まいを見せている。もともと日本人移住者のため、行政が用意したものだった。しだいに、地域住民もここに埋葬され始めた。 入植者二十九世帯の
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「グヮポレ移民」50年=苦闘ののち、ある「今」(6)=出聖しても心許せず ようやく思い出話する余裕
8月6日(金) 七月と言えば、ブラジルは冬。標高七百八十メートルのサンパウロ(SP)では、底冷えのする日もある。常夏の地ポルトベーリョ(RO)から戻って、まず身にしみたのが寒さだ。 〃商都〃を目
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「グヮポレ移民」50年=苦闘ののち、ある「今」(5)=〃生き証人〃減るなかで=移民史編纂を急いだ
8月5日(木) 窓ガラスの一部は割れ、掃除をしていないのか内部もかなり散らかっていた。日本人会館(二十周年記念事業)はどうやら利用されていないようだ。不動産を巡るトラブルもあるらしい。 〃里帰り
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「グヮポレ移民」50年=苦闘ののち、ある「今」(4)=交通網発達で農業不振に 田辺さん〃金採掘業〃もやった
8月4日(水) BR364号線が一九七四年に開通。ポルトベーリョ(RO)はブラジリア(DF)、サンパウロ(SP)などの都市と幹線道路で結ばれた。人と物の移動が容易になり、ロンドニア経済の起爆剤にな
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「グヮポレ移民」50年=苦闘ののち、ある「今」(3)=入植52日目に長女産声=山口さん夫妻「食堂」で成功
8月3日(火) 服飾店、家電量販店、映画館…。ポルトベーリョの「九月七日通り」は日中、買い物に訪れた市民らで賑わっている。五日間の滞在中、この目抜き通りで日系人をみかけたのは、市営市場で働いていた