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デカセギ 関連記事

コラム 樹海

 〇八年は日伯交流年であり、国レベルで交流を深める貴重な一年間だ。〇八年一月に交流年が始まることを思えば、すでに準備期間は二年を切った▼交流の基本は人間と人間、国民と国民が顔を会わすことではないだろうか。二十五万人もの移民が来て、この国で苦楽を共にしているから、ブラジル人にとって日本は遠い国ではなくなった。だが、その移民の流れも ...

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商議所 業種別部会長懇談会――――最賃引き上げ効果を期待=家電・自動車は好調続く=連載(下)

2006年2月11日(土) 【繊維部会】冷夏と暖冬で衣料品販売の落ち込んだ繊維業界。今井部会長は「くもりのち小雨でした」と〇五年を振り返る。クリスマス商戦も不振。小売業者からは手形の引き伸ばしも出ているという。一方レアル高で輸入素材のコストは下がった。  〇六年はW杯と選挙の年。最低賃金引き上げの効果も期待される。今年の見通しは ...

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「加速の年」にいきなり交代=百周年祭典協会=異例の2年半で4人目=組織の要 総務委員長 吉岡黎明氏が就任

2006年2月10日(金)  ブラジル日本移民百周年祭典協会(上原幸啓理事長)が〇三年九月に発足してから、約二年半。その間、総務委員長に松尾治氏、小原彰氏、柳沼啓太郎氏が歴任したが、柳沼氏は先月十四日の会合で「個人的な理由」で離職を表明した。財務、企画、広報など同協会の総括的役割を果たし、組織の要となっている総務委員長が短期間に ...

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コラム 樹海

 グァララペス文協の日本語学校で、二年間、日本語や日本の作法を教えていた藤井直子・日系社会青年ボランティア(25)が、このほど豊橋市に帰った。同市の教育長が、待ち構えていたかのように、市内に八百人近い外国人児童生徒がいる。あなたのような人が必要だ、と帰国を〃歓迎〃したそうだ▼教育長の気持がよくわかる。ブラジルに土地勘があり、ポ語 ...

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地域史を記念誌に=サウーデ文協=来年40周年に向け始動=マンガ移民史の刊行も

2006年2月7日(火)  サウーデ文化体育協会は来年、創立四十周年を迎えるにあたり、記念誌編纂などの記念事業をすでに進めている。サンパウロ市南部に位置する同サウーデ区は、現在ではリベルダーデよりも日系人が多いといわれる。桂川富夫会長は「文協だけでなく、この地区全体の日系人の歴史を調査することを考えています」と抱負を語った。   ...

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コラム 樹海

 「日本人はデカセギを日本国内での『生活者』とは見ていない、『労働力』だと思っている」――マスコミ論調のなかに、こういう記述を見出して、ちょっと心強く感じた▼そうであってはならない、という理解が一般国民のなかに浸透したとき、デカセギたちの立場はもっと恵まれたものになる。国民の関心が高まれば、国会あるいは、その以前の国会議員選挙な ...

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大耳小耳

2006年2月2日(木) 福井県のコシヒカリ国際賞を受けたピラシカーバの安藤晃彦さん。現在心を砕いているのはアマゾンの環境問題。トカンチンス河流域に土地を購入し、四カ月に一度、珍しい動物や植物も多い原始林を訪れるのが楽しみだという。密猟者が食肉用に売買する野生動物を買い上げ、自分の土地へ。「動物たちの避難場みたいになっている。将 ...

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ブラジルからのデカセギ消滅?=今後10~15年でほぼ=静岡で国際教育文化交流を支援=NPO理事長語る

2006年1月21日(土)  「ブラジルからのデカセギは、今後十~十五年ぐらいでほぼ消滅するだろうと思いました」。静岡県のNPO(特定非営利)法人、国際教育文化交流会の荻田房夫理事長=袋井市在住=は今月前半にサンパウロで現地調査をした印象を、そう語った。昨年十一月には「静岡県西部地域における外国人の子どもの教育―現状と課題―」と ...

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新潟中越地震の実態=2世大河さん=サンパウロ市で写真展=調査の合間に撮影=「被害の恐ろしさ知って」

2006年1月18日(水)  一昨年十月に起きた新潟中越地震の恐ろしさを伝える写真展が二十四日から三日間、国際交流基金日本文化センターで開かれる。  当時留学中で、被害の実態調査に参加した二世の大河功さん(28)=サンパウロ市在住=がデジタルカメラで撮影したモノクロ写真四十点を集めたもの。  「これからデカセギや留学で訪日するブ ...

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大耳小耳

2006年1月14日(土)  三十八年の歴史に幕――。ヴァリグ航空が日本―ブラジル間を結ぶ直行便を廃止する。最終便は十四日午後七時成田空港を発ち、十五日午前七時十分にグアルーリョス空港到着予定(いずれも現地時間)のRG8837便。この直行便の運航は、日本企業のブラジル進出ブーム直前の一九六八年にスタート。里帰りの移住者やデカセギ ...

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