アマゾニア
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「アマゾンの歌」を歩く
「アマゾンの歌」を歩く=(2)=さびれた移民の玄関口
ニッケイ新聞 2009年7月16日付け サンパウロ州の日本移民の功績を高く評価していたパラー州のジオニジオ・ベンテス州統領は一九二三年、アマゾン地域にも日本移民を受入れる用意があることを、就任間もな
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日系社会ニュース
09年度外務大臣表彰=ブラジルから4氏1団体
ニッケイ新聞 2009年7月16日付け 日本国外務省は十三日、二〇〇九年度外務大臣表彰の受賞者を発表した。今年の受賞者は六十七個人、二十五団体。海外では、各国の邦人援護活動や日本との相互理解促進、日
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】
アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】=《7・終》=伊原清子さん「辛いことばかり」=唯一残ったジュート工場
ニッケイ新聞 2009年7月14日付け 「お互い学生だったし、仕事も知らずに来たからね…。主人にもこぼせなかった辛いことばかり。ついて来た女が悪いですよ」。 高拓生四期生の伊原只郎(しろう、長野県
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日系社会ニュース
ベレン=名井良三総領事を歓迎=会場に2百人駆けつけ
ニッケイ新聞 2009年7月14日付け 【パラー州発】在ベレン総領事館は八日午後七時から市内のヒルトンホテルで、今年五月に着任した名井良三総領事の着任レセプションを開いた。コロニアの関係者やベレンの
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】
アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】=《6》=戦争が引き裂いた夢=潰えた植民地計画
ニッケイ新聞 2009年7月11日付け ジュート栽培は過熱の一途を辿った。高拓生もマナウスから下流のサンタレンまで約千キロに広がり、現地人を指導し、生産に励んだ。 一九三九年に第二次世界大戦が勃発
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】
アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】=《5》=ジュートの歴史教える尾山学校=3男多門氏「ジュートなければ全滅」
ニッケイ新聞 2009年7月9日付け 日出ずる国からリョウタがやってきた 川岸にジュートが広がった そうして私たちの心に愛が生まれた――。 そんな校歌の歌詞を校内に掲げる学校がパリンチンスにある。
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】
アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】=《4》=高拓生・東海林善之新さん=「アマゾンに来て良かった」=藤川氏の経本を所有
ニッケイ新聞 2009年7月8日付け 「今もなお鬼哭の声が耳につき わが巡礼の旅は終わらじ」ー。 藤川辰雄は、同郷山口県の代議士田中龍夫と知己を得たことから、田中が会長となり一九六二年に発足した「
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】
アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】=《3》=研究所跡は上塚学校に=打ち捨てられた墓石
ニッケイ新聞 2009年7月7日付け 上塚司は調査団をヴィラ・アマゾニアに残し、森林伐採や宿舎建設などに当たらせた。 一九三〇年に開校していた国士舘拓植学校(後の日本拓植学校)を卒業した四十七人は
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】
アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】=《2》=マリアさん「パパイは高拓生」=現地に残る「赤とんぼ」の旋律
ニッケイ新聞 2009年7月4日付け 一九二六年。アマゾナス州政府の招待を受け、マナウス市を公式訪問した田付七太・在ブラジル全権大使は、エフィジェニオ・サーレス州知事から、百万町歩の無償譲渡を申し入
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アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】
アマゾンを拓く=移住80年今昔=【パリンチンス/ヴィラ・アマゾニア編】=《1》=武富会長「日本人の歴史残したい」=八紘会館再建への夢=9月にはジュート記念碑建立も
ニッケイ新聞 2009年7月3日付け 奇祭と呼ばれるアマゾンのカーニバル「ボイ・ブンバ」で世界的に有名となったパリンチンス。六月末には多くの観光客が訪れる町だが、かつてアマゾン経済を潤したジュート(
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