ニッケイ新聞 2011年11月26日付け 今回から北米報知(英=The North American Post)とも記事交換を始めた。アメリカ合衆国のワシントン州シアトルで発行されている邦字新聞で、前身の北米時事の設立は1902年と古く、北米最古の伝統を誇る邦字紙だ。この「世界の邦字紙から」頁では、世界の邦字紙と連絡をとり、日 ...
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真相究明委員会遂に発足=国連は恩赦法見直し要求
ニッケイ新聞 2011年11月22日付け ルーラ政権からの課題であった真相究明委員会設置法案が、18日にジウマ大統領によって裁可されたと19日付伯字紙が報じた。 同委員会の設置は、1946〜88年の軍政時代に捕らえられ、拷問を受けたりして死亡した人や消息不明となった人々の家族も念願していたもので、迫害者側を訴追する事を目的と ...
続きを読む »世界の邦字紙から
ニッケイ新聞 2011年11月12日付け ニッケイ新聞では、世界の邦字紙と連絡をとり、それぞれの国の動きや日系社会のイベントなどを伝える頁「世界の邦字紙から」を不定期ではじめている。すでに提携のあるアルゼンチンの「らぷらた報知」、米国の「ハワイ・パシフィック・プレス」に加え、今回から新しくボリビアのサンファン日ボ協会が発行する ...
続きを読む »亜国=クリスティーナ大統領=御再選おめでとう御座います=アンケートから勝因分析
ニッケイ新聞 2011年11月12日付け 【らぷらた報知=3日付け】「圧倒的」と言うのが10月23日の公式大統領選挙の結果であった。 が、これは予想されたことで問題はクリスティーナ・フェルナンデス大統領の再選が動かぬところとあっても去る8月14日に行われた次期大統領選挙の予行演習での得票数に変動があるかどうか、という点にあっ ...
続きを読む »県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(7)=南米から日本祭り参加?=新ビジネスに談論風発
ニッケイ新聞 2011年11月11日付け 在亜日系団体連合会による一行の歓迎会で、「ニッケイ新聞の方ですか」と突然声をかけてきたのは、アルゼンチン拓殖協同組合(亜拓)監査役の渡辺謙さん(80、佐賀)だ。 同団体は戦後移住者の受入れ態勢を整えることを目的に53年に設立された。亜国永住者、パラグアイ移住者の亜国通過、駐在員入国な ...
続きを読む »県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(6)=在亜日系連合会で歓迎会=「南米日系社会の交流を」
ニッケイ新聞 2011年11月10日付け ラ・プラタ在住の坪倉君枝さん(76、鳥取)は、「鉛筆で県庁宛てに手紙を書いたんです。そしたら米子市で見合いをすることになって」と振り返る。そこで夫の広加さんと出会い、鳥取県庁で何組かと合同結婚式を挙げた後、夫と亜国へ渡った。「百姓はしないでいいから日本にいてほしい」と引き止めた父親の反 ...
続きを読む »パラグアイ=イグアス移住地存亡の危機か=土地なし農民が不法占拠=背後には大統領との説も=「退路を絶たれた戦い」
ニッケイ新聞 2011年11月10日付け 8月に入植50周年を祝ったばかりのパラグアイのイグアス移住地に9月末、約100人ものセンテーラ(土地なし農民による土地不法占拠運動)が侵入し、入植者らは大変な危機にさらされている。同地の日本人会(福井一朗会長)が中心になって農協や市役所、商工会と協力し、対策委員会(15人)を設置し、道 ...
続きを読む »大学・大学院=学生総数が600万人超す=10年で110%の増加=北部や北東部の伸び目立つ=初・中等教育の充実が課題
ニッケイ新聞 2011年11月9日付け 教育省が7日、2010年に国内の大学や大学院で学んでいた学生は637万9299人で、2001年比110・1%増と発表したと7日付G1サイトや8日付エスタード紙が報じた。 2010年の高等教育機関の学生数は2001年の倍以上との数字は期待以上の伸びで、国家教育計画の高等教育目標値は後10 ...
続きを読む »県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(5)=同郷談義で盛り上がる=「ブラジルに比べたら苦労なんて」
ニッケイ新聞 2011年11月9日付け 「日本に行って、南米の人の温かさを改めて実感した」と話すのは、参加者一行と積極的に会話し、写真を撮っていた津留アントニオさん(40、二世)=ラ・プラタ市内在住=。九州大学に留学経験があり、日本語が流暢だ。同地福岡県人会の会計も務めている。 アントニオさんも学んだラ・プラタ日本語学校には ...
続きを読む »県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(4)=ラ・プラタで現地交流会=亜国の戦後移民らと懇談
ニッケイ新聞 2011年11月8日付け 3日目の8日午前10時、ホテルを出た一行はラ・プラタで現地の日本人会と交流を行うため、ブエノスアイレスから南東に約65キロのラ・プラタ市へ向かった。 アルゼンチン移民の始まりには諸説あるが、1886年にイギリス船に乗って上陸した牧野金蔵氏を第一号とするのが一般的だ。笠戸丸移民のうち16 ...
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