クリチーバ
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『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)
『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(10)
今日、クリチーバ市の人口は約200万である。日系は2~3万、と地元の人々は推定している。 しかし日系は終戦までは、ごく少なかった。前出の東野光信さんは「100家族は居なかったでしょう」と言う。
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『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)
『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(9)
筆者は、終戦直後の邦人社会の騒乱を長く取材している。感ずることは多々あるが、特に、その渦中で起きた襲撃事件には、心を捉われる。被害者、加害者のことが屡々、脳裏に浮かぶ。被害者には無論同情しているが、
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『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)
『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(8)
東野家の受難 話の時期は、再び1942年に戻るが、ケブラケブラは、実はパラナグア湾の南岸地域より半年前、クリチーバの市内で起きていた。 AYUMIによると、1942年3月19日、ほぼ1万の群衆が、
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『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)
『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(7)
既述したが、筆者は2014年、アントニーナを訪れた。この折も、山下亮さんに無理を言って、車で連れて行って貰った。 途中、海岸山脈を横切った。山峡の高速道路を走っている時、上を見上げると、海抜千数百
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『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)
『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(6)
被害者の直話 アントニーナと同時にパラナグアでもケブラケブラが起きたが、筆者はその被害者の一人から、直接、話を聞くことができた。2014年のことである。 クリチーバ市内に、東野一子という老婦人が住
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ブラジル国内ニュース(アーカイブ)
ブラジル・パラナ州=教育制度改革に反対する生徒が占拠中の学校で、殺人事件発生=薬物摂取後に口論始まる=学校開放を求める州政府
パラナ州クリチーバ市北部の州立サンタフェリシダージ校で24日午後、男子生徒が刺し殺される事件が起きたと25日付現地紙が報じた。 同校では、テメル政権の推進する国庫歳出上限を定める憲法改正案(PEC
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『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)
『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(5)
1939年、欧州で大戦が勃発。後に第二次世界大戦と命名。 1941年12月、日本が米英に開戦。翌1月末、ブラジル、日本と国交を断絶。 何の責任もなかったが、在伯日本人に対する迫害が、各地で始まっ
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『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)
『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(3)
マレッタで仲間の4人が去った後、残りの長谷 川武と堀部栄吉は、少し北のカショエイラ川の近くに移動した。そこは地主によると「マレッタの心配はない」ということであった。 しかし二人だけでは、どうにもな
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『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)
『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(2)
アントニーナに未だ活気があった1907年、―日本人が訪れた。名は内田定槌(さだつち)。 リオ州ペトロポリス駐在の日本公使であった。 ポ語版のパラナ州日系社会史『AYUMI(歩み)』によれば、内田
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ブラジル国内ニュース(アーカイブ)
クーニャ氏が遂に逮捕=スイスの秘密口座の収賄で=拘留期間は期限なし=夫人逮捕も時間の問題か
19日、連邦警察は、エドゥアルド・クーニャ前下院議長(民主運動党・PMDB)を、スイスにある秘密口座を使った収賄容疑で逮捕した。クーニャ氏は同日中にパラナ州クリチーバの連邦警察に送られ、その後、ラヴ
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