ニッケイ新聞 2010年3月19日付け 『蜂鳥』2月号(第24巻288号)が刊行された。「『耕』より〃枯葦〃」、特別作品「パリ―より」(橋鏡子)、旅吟「パラナの旅」(高橋紫葉)、「三つの忌」(栢野桂山)、「弓場農場を訪ねて」(間部よし乃)など。
続きを読む »弓場農場 関連記事
弓場農場にバーが誕生!=辻海さん「みんなの集う場所に」=カウンターや棚も自作
ニッケイ新聞 2010年1月19日付け 「みんなが集う場所になれば」―。自作したカウンター越しに語るのはコムニダーデ・ユバ協会(弓場農場・弓場常雄代表)の辻海さん(25、三世)だ。 30本ほどのリキュールやウォッカ、テキーラなどの瓶が棚に並ぶ。自分の部屋を改造、バーを作り、ヤマ(弓場農場)の住民を相手にシェイカーを振る。 ...
続きを読む »弓場の恒例餅つき=青年奮闘して120キロ
ニッケイ新聞 2010年1月13日付け サンパウロ州ミランドポリス市のコムニダーデ・ユバ協会(弓場農場、弓場常雄代表)は12月30日、同農場で恒例の餅つきを開催した。 食堂の裏手には弓場バレエ団代表の小原明子さんの夫で彫刻家の故小原久雄さんが彫った石臼を用意。青年や旅行者の力強い作業で120キロの餅米が次々とつき上がっていく ...
続きを読む »大耳小耳
ニッケイ新聞 2010年1月13日付け 年末30日朝から、餅つきをした弓場農場。餅米120キロというから相当な重労働。弓場農場で鍛えられた屈強な若者の腕をもってしても、たっぷり4時間以上かかった。婦人部の「早くつかないと終わらないよー」との声援? に後押しされながら正午過ぎに終了。その夜にはクリスマス公演があり、餅つきの疲れを ...
続きを読む »コラム オーリャ!
ニッケイ新聞 2010年1月5日付け 先月25日に、クリスマス公演を取材にミランドポリス市の弓場農場を訪れた。噂には聞いていた公演だが、その完成度の高さと演じる人達の魅力の虜になった。 到着すると、赤土で覆われた敷地にある木製の野外劇場とも言える舞台に目がいった。場違い、とも言える突飛な発想に驚きを隠せなかった。 公演は3 ...
続きを読む »弓場のクリスマスにぎやかに=歌、劇、バレエと盛り沢山=「白波五人男」も大好評
ニッケイ新聞 2009年12月29日付け 【ミランドポリス市発=金剛仙太郎記者】コムニダーデ・ユバ協会(弓場農場・弓場常雄代表)は恒例の「弓場のクリスマス」を25日夜、同農場のテアトロ弓場で開催した。今年75年目の同農場には近隣の町をはじめ、他州からも約500人の観客が集まり、独特の芸術に魅入った。 当日午後、食堂内のピアノ ...
続きを読む »小原明子が語る=舞踏とユババレエ=知られざる共通点=(下)=生活が芸術そのもの
ニッケイ新聞 2009年10月2日付け 61年末に、夫となった小原久雄さんと共にまっすぐに弓場農場に入った。明子さんはまだ26歳。同農場を紹介した人は「1年は滞在してほしい」と条件を出した。「場所を変えてみたら、なにか別のモノが見えるかも知れない」と明子さんは気分転換のつもりで引き受けた。 「当時、弓場に16歳ぐらいの年頃の ...
続きを読む »小原明子が語る=舞踏とユババレエ=知られざる共通点=(中)=前衛芸術の黎明期に
ニッケイ新聞 2009年10月1日付け モダンバレエに賭ける情熱――青春の糸が張りつめきっていた1961年、図師明子さん(旧姓)は当時まだ恋人だった小原久雄さん(1932―89年、東京)に「ブラジルに行ってみないか」と誘われ、「軽い気持ちで承諾しました」と振り返る。 後にブラジルで彫刻家として知られる小原久雄さんは、当時まだ ...
続きを読む »小原明子が語る=舞踏とユババレエ=知られざる共通点=(上)=過激すぎた舞台
ニッケイ新聞 2009年9月30日付け 半世紀前に共にモダンバレエを志し、地球の反対側に分かれてもお互いの世界を追求しつづけた同志のために踊る――今月から横浜で行われる「大野一雄フェスティバル2009」に参加するために、弓場農場の小原明子さん(74、東京)が18日に訪日した。一見、まったく別物に見えるユババレエと舞踏の、知られ ...
続きを読む »アマゾンを拓く=移住80年今昔=【ベレン・トメアスー編】=《6》=野球で青年奮い立たせる=万感の涙のみ、福原退陣
ニッケイ新聞 2009年9月1日付け 苦難の時代にも娯楽はあった。いや、なければならなかった。トメアスーではそれが野球だ。 『トメアスー開拓五十年史』によれば、サンパウロ州ノロエステ線のアリアンサ移住地の草創時代、弓場農場チームの名投手として鳴らした鎌田讃さんが同地に住むようになったことから野球は広まる。 鎌田さんは一九三 ...
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