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日本祭り 関連記事

コラム オーリャ!

ニッケイ新聞 2010年11月12日付け  宮城県人会で第1、3土曜日に開催される「青葉祭り」で油麩うどんなるものの存在を知った。  読んで字の通り、麩を油で揚げたもの。調べると、旧仙台藩地域で油麩丼として食され、岩手県境に近い登米市が本場のようだ。  未知の食との遭遇ほど好奇心を沸き立たせるものはない。早速、挑戦。  まさに地 ...

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第51回海外日系人大会=日本語、若者、重国籍要望も=24カ国から120人参加=「日伯学園」生徒が〝夢〟発表

ニッケイ新聞 2010年11月10日付け  【東京支社=藤崎康夫支社長】第51回海外日系人大会が10月20日から22日まで東京で開催され、世界24カ国から120人以上の日系社会関係者らが参加した。今回のテーマは「日系人の生きる道―海外日系社会のさらなる発展を目指して」。4つの分科会と全体会議が行なわれ、日本語・文化の継承、在日日 ...

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日本祭り黒字は40万レ=県連=第14回委員長に前田氏=来年は創立45年の節目

ニッケイ新聞 2010年11月4日付け  ブラジル日本都道府県人会連合会(県連、与儀昭雄会長)は10月28日、文協ビルで同月の代表者会議を開催した。7月の日本祭り(フェスチバル・ド・ジャポン)で約40万レアルの黒字が見込まれていることが報告されたほか、来年の同祭実行委員長に、前田ネルソン県連副会長(三重県文化擁護協会会長)が選ば ...

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コチア青年連絡協議会=48年のあゆみ

特集 コチア青年移住55周年・花嫁移住51周年 ニッケイ新聞 2010年10月23日付け ▼1962年8月=第一回青年大会開催。以後2、3回挙行する。 ▼1962年=コチア青年連絡協議会設立(山口節男初代会長)。 ▼1962年10月=第1回青年代表訪日、山口節男、清橋武司。1984年までに26名の代表が訪日。 ▼1965年=花嫁 ...

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ラーモス=四季を感じる桜祭り=サンタカタリーナ=山桜とつつじに囲まれて=会員総出で今年も大盛況

ニッケイ新聞 2010年9月10日付け  サンタカタリーナ州唯一の桜祭りである「ラーモス桜祭り」が4、5両日、フレイ・ロジェリオ市の同移住地で開催された。例年を上回る来場者が訪れ、ブラジルでは珍しく白い花を咲かせる山桜を見上げた。鯉のぼりが泳ぐ会場では、地元産品の販売、日本文化の紹介・展示、盆踊りなど様々な趣向がこらされ、来場者 ...

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コラム オーリャ!

ニッケイ新聞 2010年9月10日付け  独立記念日の7日、軍隊のパレード見物にでも出掛けようかと思っていたが、生憎の雨。  7月16日の日本祭り開催初日が最後というから、52日間雨が降らなかった計算だ。  報道によれば、あれだけの雨で洪水状態となった地域もあるとか。排水溝のゴミも溜まり放題だったのだろう。  砂漠並みという乾燥 ...

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モンチアズール=ボランティアが受継ぐ日本祭り=ファベーラに子供の歓声響く=総領事館、日系団体も協力

ニッケイ新聞 2010年8月28日付け  貧困層の生活向上を支援するモンチアズール協会による「第20回日本祭り」が21日、同会が活動するファベーラの1つサンパウロ市南西部のシャカラで開催された。現地で活動する日本人ボランティアらが中心となり、折り紙、マンガ教室、ソーラン節の公演などが行われた会場には、150人以上が来場。地域住民 ...

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大耳小耳

ニッケイ新聞 2010年8月28日付け  日本政府が新興国の在外公館で、外交官を増員する計画だという。岡田 克也外務大臣が25日に行なった日本外国特派員協会での講演で語ったもの。外相は経済、政治面におけるG20諸国の影響力拡大、また原発、新幹線などのプロジェクト売込み先としての魅力を挙げ、今後3~5年かけ先進国から新興国へ約10 ...

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コラム オーリャ!

ニッケイ新聞 2010年8月25日付け  アルジャー花祭りが始まった。花のパビリオン、販売所などを訪れ、やはり花に囲まれていると人の表情は穏やかになるのかな、と感じた。  その以前は、地域の祭りに参加する形で自分たちの生産物を紹介していたという。そして現展示場を購入、祭りを始めて19回目。「地ならしから始めた。全部会員総出だった ...

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日本語教師リレーエッセイ=第9回=学び、集い、人を育てる日本語学校=ブラガンサ日本語学校=植西晶子

ニッケイ新聞 2010年8月21日付け  私は1991年にJICA開発青年(現在の青年ボランティア)の日本語教師としてブラジルに来ました。3年間サンパウロとアチバイアの日本語学校でお手伝いしながら色々と勉強させて頂き、その後、結婚して住み始めたブラガンサパウリスタの日本人会で教師の仕事をお引き受けして今年で16年目になります。 ...

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