ホーム | 日系人 関連記事 (ページ 19)

日系人 関連記事

第56回パウリスタスポーツ賞

ニッケイ新聞 2012年4月13日付け サンパウロ市議会で盛大に贈呈式=16部門17人、特別賞3人  各スポーツ界で活躍した選手や功労者を表彰する『パウリスタスポーツ賞』の贈与式が、4日夜、サンパウロ市議会の貴賓室で盛大に開催された。同賞は、本紙の前身であるパウリスタ新聞の創刊10周年を記念して創設されたもので、スポーツ振興を通 ...

続きを読む »

(1)=全伯から122人が参加=ボツカツ日伯学生寮を見学

ニッケイ新聞 2012年4月12日付け  「名前はよく聞いていたけど、ここにもこんなに日系人がいるのね」—。参加者の一人はバスに乗り込みながら、感慨深げにそう漏らした。ブラジル日本都道府県人会連合会(園田昭憲会長)主催「移民のふるさと巡り」は37回目を迎え、先月31日〜4月3日に実施された。かつてコーヒー、棉栽培などで栄えた移住 ...

続きを読む »

人気が高まる鍼灸治療=ブラジル導入はドイツ人説が有力?!=医療関係者が利権争う

新年特集号 ニッケイ新聞 2012年1月1日付け  ブラジルではアクプントゥーラの名称で親しまれる鍼灸治療。西洋医学に比べて科学的な効果の計測が困難であると、長い間、正当な医療行為の枠から外されてきた。しかし近年、世界保健機関(WHO)など公的機関が鍼灸治療の有効性を認めるなど、世界的に研究および普及が進んでいる。当地における普 ...

続きを読む »

県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(9・終)=最高峰アコンカグア望む=「今までで最高だった」

ニッケイ新聞 2011年11月17日付け  5日目、一行は午前7時半に出発し、アンデス山脈の山間と渓谷の間を、チリの国境間近を目指して進んだ。まずメンドーサから南西方向に約60キロのポトレリーリョス村(標高1354メートル)の湖を臨む場所にバスは止まる。雪が解け始めたばかりでまだ水は少なかったものの「多い時期で水深120メートル ...

続きを読む »

世界の邦字紙から

ニッケイ新聞 2011年11月12日付け  ニッケイ新聞では、世界の邦字紙と連絡をとり、それぞれの国の動きや日系社会のイベントなどを伝える頁「世界の邦字紙から」を不定期ではじめている。すでに提携のあるアルゼンチンの「らぷらた報知」、米国の「ハワイ・パシフィック・プレス」に加え、今回から新しくボリビアのサンファン日ボ協会が発行する ...

続きを読む »

県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(7)=南米から日本祭り参加?=新ビジネスに談論風発

ニッケイ新聞 2011年11月11日付け  在亜日系団体連合会による一行の歓迎会で、「ニッケイ新聞の方ですか」と突然声をかけてきたのは、アルゼンチン拓殖協同組合(亜拓)監査役の渡辺謙さん(80、佐賀)だ。  同団体は戦後移住者の受入れ態勢を整えることを目的に53年に設立された。亜国永住者、パラグアイ移住者の亜国通過、駐在員入国な ...

続きを読む »

県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(6)=在亜日系連合会で歓迎会=「南米日系社会の交流を」

ニッケイ新聞 2011年11月10日付け  ラ・プラタ在住の坪倉君枝さん(76、鳥取)は、「鉛筆で県庁宛てに手紙を書いたんです。そしたら米子市で見合いをすることになって」と振り返る。そこで夫の広加さんと出会い、鳥取県庁で何組かと合同結婚式を挙げた後、夫と亜国へ渡った。「百姓はしないでいいから日本にいてほしい」と引き止めた父親の反 ...

続きを読む »

県連移民のふるさと巡り=ガウチョの国に友訪ねて=亜国、ウルグアイ編=(4)=ラ・プラタで現地交流会=亜国の戦後移民らと懇談

ニッケイ新聞 2011年11月8日付け  3日目の8日午前10時、ホテルを出た一行はラ・プラタで現地の日本人会と交流を行うため、ブエノスアイレスから南東に約65キロのラ・プラタ市へ向かった。  アルゼンチン移民の始まりには諸説あるが、1886年にイギリス船に乗って上陸した牧野金蔵氏を第一号とするのが一般的だ。笠戸丸移民のうち16 ...

続きを読む »

【祝 福博村入植80周年】福博村80年の歩み

ニッケイ新聞 2011年10月22日付け 1931年3月:原田、古賀家入植。11月杉本家が入植 1933年6月:福博二五青年会創立。古賀茂敏会長 1934年10月:福博初の日本語学校が開校。服部信永教師 1935年1月:14人の会員で福博日本人会が創立された。原田敬太会長 1935年4月:福博日伯小学校が落成 1936年4月:第 ...

続きを読む »

コラム 樹海

ニッケイ新聞 2011年10月21日付け  サンパウロの街角を歩いていて、もしくは取材に行った地方などで稽古の帰りだろうか、柔道着を持った非日系の子供を見かけるたび、道場で教えているのは日本人なのかなあ、と想像する。コロニアから時代を経てブラジル社会へー。その発信源の日本移民を思う▼マリリア在住の小針一さんが85歳で亡くなった( ...

続きを読む »