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移民百周年 関連記事

古典音楽コンサート=愛知県人会とサンパウロ・フィル=ピアノ連弾で

ニッケイ新聞 2008年5月17日付け  愛知県人会とサンパウロ・フィルハーモニー楽団共催による第十六回クラシック音楽コンサートが、三十一日午後四時から、愛知県人会館(サンタ・ルジア街74)サロンで行なわれる。  県人会の豊田瑠美会長ら役員、山川健一フィルハーモニー主宰(今回のコーディネーター)によれば、この催しは愛知県人会が所 ...

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コラム オーリャ!

ニッケイ新聞 2008年5月17日付け  移民百周年記念協会がこのほど、今年一年の各地の記念行事を紹介するイベントガイドを発行した。日ポ両語で綴られている。十三日に開かれた記念式典に関する説明会の場で配られたという。  ページをめくってみると、サンパウロ州やパラナ州はじめブラジル各州の記念行事がほぼ網羅されているようだ。主催団体 ...

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ロウセフ官房長官在日中の栄誉

ニッケイ新聞 2008年5月16日付け  ジウマ・ロウセフ官房長官は、天皇皇后両陛下の御前でスピーチを行った唯一のブラジル人であると十四日付けフォーリャ紙が報じた。日本移民百周年式典ではブラジル政府のナンバー・ツーと紹介され、カクテル・パーティでは、美智子妃殿下が官房長官に英語で直接お言葉を賜った。

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「僕たちも移民です」――保見が丘のパウロ・フレイレ地域学校で――=百周年を記念して文集発行(上)=デカセギ子弟の揺れる想い=「移民」「笠戸丸」は確実に浸透

ニッケイ新聞 2008年5月16日付け  【愛知県豊田市発】「そして八十年代にまた移民たちが日本へもどり、新しい移民になった」「おねがいです。絶対にあなたの子供や家族と離れないでください」「わたしは今、移民のいちぶです」。愛知県豊田市保見ヶ丘のパウロ・フレイレ地域学校(エコパフ、ジョゼリア・ロンガット・フィジオ校長)で、ブラジル ...

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かつてない慶祝団ラッシュ=百周年式典=12県知事、13議長が一堂に=日本から6百人以上出席!?

ニッケイ新聞 2008年5月16日付け  ブラジル日本移民百周年を記念して、六月二十一日にサンパウロ市アニェンビーのサンボードロモで行われる記念式典。百年の節目にあわせ、ブラジル国内をはじめ、日本からも多くの慶祝団来伯が見込まれている。ブラジル日本都道府県人会連合会が、各県人会に母県からの来伯予定を聞いたところ、十二の県知事をは ...

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レアル銀行が日系社会展=「私たちひとりひとりの日本」=21日から

ニッケイ新聞 2008年5月16日付け  レアル銀行は二十一日から、ブラジル日本移民百周年を記念した展示会「私たちひとりひとりの日本(O Japao em cada um de nos)」をサンパウロ市の同銀行展示会場(Av.Paulista,1374)で開催する。入場無料。七月十八日まで。  日本移民がブラジル社会に与えた影響 ...

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移民100周年記念=健康奨励プログラムを=援協、70歳以上を対象に無料で

ニッケイ新聞 2008年5月15日付け  サンパウロ日伯援護協会経営の日伯友好病院は、移民百周年を記念して、五月三十一日から六月二十九日までの毎週土曜日、日曜日午前七時から正午まで、七十歳以上の日系人を対象に、健康奨励プログラムを開催する。場所は文協ビル地下のリベルダーデ診療所(前名称・援協総合診療所)。  プログラムの対象は、 ...

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「日本ブラジル百年の森」=JATAKセンター=有用樹種6千本植樹へ

ニッケイ新聞 2008年5月15日付け  JATAK農業技術普及交流センター(広瀬哲洋所長=農業技師)は、来る六月二十四日、グァタパラの同センターで、「日本ブラジル百年の森」づくりの記念式典を行なう。  広瀬所長、山添源二ABJICA技師、長井邦夫センター研修部長が、十二日案内したところによれば、森づくりは、日本移民百周年記念事 ...

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支援歌謡祭成功で感謝=憩の園に1万6千レ余寄付

ニッケイ新聞 2008年5月15日付け  救済会(憩の園経営)の上島中田悦子副会長、黒木政助常任理事、小下アデライジ園長は、十二日、去る四月二十七日開催された「憩の園支援歌謡祭」で得られた浄財一万六千八百レアルを主催者・支援歌謡祭実行委員会(早川富雄院長)から、即日受け取ったことを明らかにし、礼を述べた。  歌謡祭は、移民百周年 ...

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大耳小耳

ニッケイ新聞 2008年5月15日付け  百周年協会から、各方面に送られている式祭典への入場者リスト。吉岡黎明氏が総務委員長として名を連ねている。松尾治執行委員長就任時にその職を追われたはずだが、今は仲良く松尾氏と席を並べている。百周年に七つ以上ある不思議の一つだ。ちなみにリストは、新聞社にも送られた。重田エルゾ祭典委員長に「報 ...

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