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笠戸丸 関連記事

25年前の埋もれた〝秘話〟=実はあるぜんちな丸だった=移民史料館の目玉展示 ブラジル丸

7月8日(火)  文協ビルにある史料館の六階入り口を入って、すぐ目に飛びこんでくるブラジル丸(五十分一)の模型。七八年の史料館設立時から、同館の目玉展示物としてガイゼル大統領から天皇陛下まで、日伯VIPや数万人の来場者の注目を浴びてきた。しかし、このブラジル丸、史料館に展示される以前は、神奈川県にある江の島水族館に展示されていた ...

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コラム オーリャ!

 笠戸丸移民二百余名が入植したリベイロン・プレット地方を先週末訪ねた。  炎天下の七夕祭り会場。スキヤキの湯気がもくもくと上がっている。スシよりも人気が高い当たりは内陸らしい。牛飼いのひこぼしが銀河の彼方で微笑む姿が見えた気がした。  同地方は銘水が湧くことで知られる。アンタルクチカ、カイゼルといったビール会社が工場を置いた時期 ...

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移住坂 神戸と海外移住(12)=たびたび変った名称=収容所、歴史とともに

7月4日(金)  「神戸移民収容所」(内務省所管)は、昭和三(一九二八)年三月の開業以来、七十余年にわたり、神戸の高台から町と港を見つめてきた。開業時、三千三百平方メートルの敷地に五階建の本館(延床三千五百六十四平方メートル)が建つのみであったが、移住者の激増で手狭になり、二年後の昭和五年三月には早くも増築を余儀なくされている。 ...

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移住坂 神戸と海外移住(11)=収容所第1期生の旅立ち=2キロを700人の隊列

7月3日(木)  一九二八年三月十七日、ついに出発の日がきた。講話と予防注射に明け暮れた七日間だった。  雨の中を到着した初日の身体検査、二日目の第一回チフス予防接種、三日目は午前の講習(一般的心得、外国における邦人の心得、ブラジル事情、歴史、社会事情、国際性及農業並びに移民事情)、午後ブラジル語及び衛生講話、四日目は種痘と講習 ...

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移住坂 神戸と海外移住(10)=渡航費は大人200円28年=乗船前夜、慰安の映画会

7月2日(水)  神戸又新日報の収容所レポートは続く。六日目の午後、海外興業の社員が収容所に来て渡航費の精算をした。同社の手配で入所前に移民宿に滞在していた移住者の宿代、雑費が細かく算盤ではじかれて家長に請求される。  渡航費は、移住申し込み時支払済みの保証金五円を含めて大人二百円、十二歳以下七歳まで百円、七歳以下三歳まで五十円 ...

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井上祐見が平安絵巻=―戦後移住50周年とフェスチバル・ド・ジャポン―=十二単で艶姿披露=本紙おなじみ=竹本さんが特別収録=日本民族衣装源流会も来伯

7月2日(水)  今年も祐見が盛り上げます―。演歌歌手の井上祐見さんが七月二十五日、来伯する。五年続けてのブラジル公演だ。このたびは戦後移住五十周年に花を添える格好となる。同記念祭委員会(中沢宏一委員長)のテーマソング『Sou Japonesa』を、井上さんは式典が行われるサンパウロ州議会で、十二単をまとって披露するという。「ブ ...

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移住坂 神戸と海外移住(9)=予防注射は嫌われたが=熱心だったポ語の勉強

7月1日(火)  四日目になると、取材の神戸又新日報の記者も慣れてきた。この日、収容所出口に「外出禁止」と書いた立て札が掲げられた。無断外泊者が多かったためだ。外出できなくなった若者たちは、時間を持て余し、夜遅くまで笛や尺八を吹いている。  洋式便所の使い方がわからず、前後反対に使用し「ズボンをすべて脱がなければ用を果たせない」 ...

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南マ州カンポ・グランデで移民祭=州、市が高い評価

6月28日(土)  [カンポ・グランデ]日本移民九十五周年の年、南マ州州都カンポ・グランデでは、日系の記念行事が目白押しだった。移民の日前後、多種のイベントで賑わった。  まず、六月八日、当地沖縄文化研究会(具志堅弘会長)の第三回発表会が行われた。会場は、国立南マ州大学構内の劇場。午後四時半開会。集まった一千余の観衆は、一世から ...

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移住坂 神戸と海外移住(8)=憎まれ役だった医官=食堂は火事場のような騒ぎ

6月28日(土)  移民収容所第一期生の収容所生活が始まった。全国から集まった五百八十一人の移住者の受け入れは、所員にとっても初めての経験で、とまどうことばかりだ。生活習慣、考え方、年齢も異なる大集団だ。大食堂での食事が始まった。一回の食事で消費する米は「四斗炊き蒸気釜二回分と一斗炊き計九斗」だ。  副食は、牛肉と馬鈴薯にねぎの ...

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移住坂 神戸と海外移住(7)=移民宿から収容所へ=開所日、乗用車で乗りつけた

6月27日(金)  七十七歳の老婆や洋行気取りの若夫婦 五百八十一名が押しかけた国立移民収容所 店開きの好況」、一九二八年三月十日午前九時に開所した移民収容所を報道した「神戸又新日報」(三月十一日号)の見出しである。  日本全国から神戸に集まってきた移住者の最年長は高知県出身の七十七歳の婦人、最年少は生後三ヶ月の乳児で、家族移住 ...

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