来る2017年は、江戸幕府が政権を朝廷に返上した「大政奉還」からちょうど150周年の節目――。 サンパウロ青年図書館とニッケイ新聞は14日、『日本文化(Cultura Japonesa)』の第4巻を刊行した。同書は毎週土曜日に好評連載中の「国際派日本人養成講座」の内容を中心に、日本独自の精神性や文化、歴史を日ポ両語で紹介する ...
続きを読む »笠戸丸 関連記事
明治維新の心意気を二世、三世に
「坂本龍馬についてポルトガル語で読みたい。NHKのドラマで見たが、細かい所がよく分からなかった。やっぱり自分の言葉で読まないとしっくりこない」―今年の日本祭りの本紙ブースで会った三世男性が、そう残念そうに言うのを聞き、ハッとした。日本語は得意でないが、日本の文化や歴史には大変興味があるという若い層はかなりいる。彼らにもっと十分 ...
続きを読む »上塚翁が見守る公園で日系社会の将来を議論
笠戸丸から20年後の1928年8月31日に、入植10周年を記念して建てられたプロミッソン入植記念碑。そのすぐ下で、『第3回サンパウロ州日系地方団体代表者の集い』一行は真剣に日系社会の将来を議論した。その場所は2年後の移民110周年で、皇室をお迎えして記念式典をするかもしれない候補地でもある▼集いの中で、ノロエステ連合の白石一資 ...
続きを読む »創立65周年記念を盛大に=ロンドリーナ熊本県人会
汎ロンドリーナ熊本県人会(西村鉄雄会長)は『創立65周年記念式典』を11月6日午前10時から、同市西本願寺で行った。関係者ら90人近くが集まり、節目の日を祝った。 堅田玄悠導師の下でしめやかに会員先没者追悼法要が執り行われ、熊本県人会本部からは田呂丸哲次会長らが出席した。田呂丸会長による日伯両語での挨拶ののち、大塚節子さん( ...
続きを読む »移民史料館=水野龍の航海日誌を公開=サンパウロ市初、龍三郎さんも涙=移民の祖の功績を一挙展示
サンパウロ市文協ビル内の移民史料館が4日、水野龍による笠戸丸の航海日誌展示に当たり、同館で開幕式を行なった。会場には水野龍の三男である龍三郎さん(85、二世)はじめ、約20人の水野一家を含む約80人が来場し、公開を祝った。 〃移民の祖〃水野龍による航海日誌は、山中三郎記念バストス地域史料館に展示されていたもの。今年3月にサン ...
続きを読む »『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(14)
しかし不思議である。笠戸丸移民で、大量の被害者を出し、その人々から恨まれていた水野龍に、一方で、帰伯費用を送り、住む家まで心配する友人たちが居た。何故だろうか? この点、筆者は長く不可解なままであった。 2013年、水野の息子の龍三郎さんが、クリチーバに健在であることを知った。一度会いたいと思った。疑問を解く手がかりが見つ ...
続きを読む »10周年記念し押し花展=作品数は300、大型屏風も
押し花教室『押し花アート』(巽ミリアン代表)が11日から20日まで午前10時~午後7時、『第10回押し花アート展覧会』をレバノン聖母協会(Rua Tamandare, 335)で開催する。入場無料。 日本を代表する押花作家・杉野宣雄氏から教室名を引継ぎ、ブラジルで指導を始めて10年。共同制作した大型屏風7点や、60人の生徒が ...
続きを読む »『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(12)
前項の様な次第で、クリチーバに現れた初期の邦人は、水野龍の粗放さの被害者が多かった。ところが、その水野が1926年、ここに転住してきた。といっても、単なる偶然であったが‥‥。 被害者も殆ど去っていた。 水野は家族連れであった。町外れで小さな農場造りを始めた。歳は六十代半ばを過ぎており、当時としては完全な老人であった。孫ほど ...
続きを読む »『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(11)
婚約者から逃げて来た男 1909年には、もう一人の日本人がクリチーバ入りした。AYUMIによると、シンキチ・アリカワという名で、「婚約者から逃げてきた」と言っていたという。 笠戸丸の2年前、1906年、隈部三郎一家と日本から来た7人の青年の一人、有川新吉だった。 隈部は、改めて紹介する必要もあるまいが、元は鹿児島県の判事で ...
続きを読む »『百年の水流』開発前線編 第二部=南パラナ寸描=外山 脩(おさむ)=(10)
今日、クリチーバ市の人口は約200万である。日系は2~3万、と地元の人々は推定している。 しかし日系は終戦までは、ごく少なかった。前出の東野光信さんは「100家族は居なかったでしょう」と言う。 が、戦後増えた。これは次の様な理由による。 クリチーバは州都で、経済的にも大きく発展、大学などの教育機関、病院、その他の施設が多 ...
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