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サントス 関連記事

ヘリが道路に不時着=操縦士の判断で惨事回避=サンパウロ市

ニッケイ新聞 2006年8月12日付け  【エスタード・デ・サンパウロ紙十一日】サンパウロ市都心部で十日午後八時五十分ごろ、エンジン故障を起こしたヘリコプターが不時着する事態が発生した。  不時着したのは都心から北部を結ぶ幹線道路のサントス・ドゥモン通りで、ラッシュを過ぎたとはいえ交通量の多い所で、あわや大惨事となるところだった ...

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サンパウロ市の謎解き問答です=チエテ川にはワニがいる?

ニッケイ新聞 2006年8月11日付け  【ヴェージャ・サンパウロ九日号】サンパウロ市に関する〃はてな?〃問答です。酒席での話題や、子供や孫に博識(薄識?)を披露してみてはいかが。以下いくつか紹介します。まずは日系人ゆかりの話題から。 ▼リベルダーデ区はかつて日本人街、最近は東洋人街と呼ばれているが、そもそもはイタリア人街だった ...

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今週末の催し

ニッケイ新聞 2006年8月11日付け 土曜日  四一年八月十二日サントス着港「ぶえのすあいれす丸」関係者懇親会、十二日正午、なんでもや(アメリコ・デ・カンポス街9。     □  名画友の会鑑賞会「八月の狂詩曲」など、十二日午後〇時十五分、老ク連センター。     □  「秦野会」(第一期生の渡航から)四十五周年記念の集い、十 ...

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3千人が全伯から結集=第20回生長の家全国大会=サンパウロ市

2006年8月8日付け  第二十回生長の家ブラジル全国大会(日本語)が七月三十日、サンパウロ市のアニェンビー国際会議場で開催され、遠くはマナウス、マット・グロッソなどからも三千人以上が参加した。開会式の最初には、全国に七十二ある、相愛・白鳩それぞれの連合会から聖旗六十本以上が入場し、壮観な光景となった。  日伯両国歌が斉唱され、 ...

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東西南北

2006年8月4日付け  サッカーチーム、サントスに所属するコレイア選手の母親(53)が二日朝、サンパウロ市東部イタケーラ区の自宅から車で拉致されそうになった。連れ去る途中、犯人らは運転を誤り市内バスに正面衝突、直後にもう一台の車に乗り換えて逃走。後部座席に残された母親は無事だった。      ◎  連邦警察は二日、少年四人が空 ...

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悪運尽きた悪徳警察署長=不正通関で私腹肥やす=史上最年少で署長協会会長=要職歴任エリートの蹉跌

2006年8月4日付け  【ヴェージャ・サンパウロ誌二日号】悪徳警官の手本ともいえる警察署長が数々の不正行為で連邦警察に逮捕された。そもそもは空港税関での不正通関の汚職首謀者として検挙されたが、その後の調べで余罪が明るみにでて、犯罪組織の結成、脱税、職権乱用、外国での不法口座設置ならびに不法送金、武器不法所持の罪に問われる。この ...

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新監督、代表22選手発表=チーム再建試金石の第1戦へ

2006年8月3日付け  【エスタード・デ・サンパウロ紙二日】サッカーのブラジル代表監督に電撃的に就任したドゥンガ監督は一日、ノルウェーのオスロで十六日に行われるノルウェー代表との親善試合のメンバーを発表した。  先のワールドカップで苦杯を飲み、非難の的となったブラジル代表を再建できるか、試金石となる第一戦が注目される。  新監 ...

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今年も充実の南米ツアー=井上祐見さん24日に帰国=小山さん「ぜひ08年に紅白へ」

2006年8月1日付け  今年も一カ月間南米ツアーを行った演歌系歌手、井上祐見さん(30、愛知県出身)は帰国当日の七月二十四日に来社し、充実感たっぷりにコロニアへの別れのメッセージを語った。  同日、井上さんはサンパウロ日伯援護協会本部を訪問し、今回の南米公演中に売ったCD約二百五十枚の売り上げの一部、二百レアルを寄付、酒井清一 ...

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子供たちに新しい教室を=草の根無償資金で完成=バストス

2006年8月1日付け  日本政府の「草の根・人間の安全保障無償資金協力」により建設が進められていた「バストス児童支援協会」(ABAI、豊島重幸会長)の教育施設がこのたび完成し、その供与式が二十一日午前十一時から、バストス市の同協会で行われた。  式典には、豊島会長をはじめ、大野悟朗バストス日系文化体育協会長、ナタリーノ・シャー ...

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伯代表監督にドゥンガ氏=定説崩した画期的な人選

2006年7月28日付け  【エスタード・デ・サンパウロ紙二十五日、二十六日】サッカーブラジル代表監督に往年の名選手ドゥンガ氏が決定したことが、驚きをもって迎え入れられている。  ドゥンガ氏は一九九〇年にボランチとして代表入りし、一九九四年には主将として四度目のワールドカップを手中にした。その不屈な闘魂と人柄は今でも語り継がれて ...

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