2月11日(金)
ペン一本を書き潰し、首が回らなくなった。「私でもこういうことが書けた。夢にも思っていなかったこと。娘たちに残してやれるし、書いて本当によかった」。自分史『我が八十年の足跡』を書き終えた矢野恵美子さん(84)の顔には満ち足りた表情が浮かぶ。
「いま私が思うことは、苦労の多かった人生でしたが、苦労という試練が現在の私の幸せにつながるものと信じています」。
幸せだった少女時代の生活から「全部を放って」ブラジルへ。その後の結婚生活では、姑との仲が上手くいかず、苦労が絶えなかった。する事なすこと気に入ってもらえず、母の味方についた夫からも叱られっぱなしだった。「ずい分堪えました」。
しかし、今、何も言うことはない。家事一切を姑にしごかれたお陰で、今、人様に喜んでいただける、幼い頃のままでは結局何もできない女になっていたかもしれない、とマイナスの出来事もプラスに捉えている。
支えとなったのは、「人間はくじけては駄目だよ。胸を張って生きていくのだよ」との父親の教え。また、夫が亡くなったあと、子どもたちが矢野さんにしんみりと語った言葉で、これまでの苦労が一気に報われた気がした。「母様がどんなに苦労をしたか、自分たちは皆知っています。一言も泣き言を言わず、いつも明るいお母様だから、自分たちは人並みな結婚をすることが出来ました」。
これまでの人生で自慢できることは、どんな苦境にあっても挫けずに胸をはってきたこと、いい子どもを持ったこと。
「心にかかる雲はなし」。矢野さんは、現在の心の内をこう表現した。つづく (大国美加記者)