2005年10月12日(水)
腹ごしらえをしたふるさと巡り一行は、ポルト・セグーロの歴史遺産地区へ向かった。
一五三五年に六百人のポルトガル人が入植した最初の村、ヴィラ・ノッサ・セニョーラ・ダ・ペナ。現在でも、十六世紀に建てられた家が残っている場所だ。
ただ古ぼけてしまったようにしか見えない家の並びも、屋根の下のある段差のような飾り『エイラ・エ・ベイラ』に注目すると面白い。そう、現地ガイドに教えられた。
当時、税金に関してはっきりした課税の基準がなく、個々の財産や仕事によって決められていたが、少しでもその基準を見た目で分かるように設けられたのが「エイラ・エ・ベイラ」だという。
お金のある家は屋根の下に一段、文化的にも優れている家には二段、といった具合だ。
経済的にも恵まれており、医者や弁護士などの家には三段のふちがつけられ、「トゥリベイラ」と呼ばれ大変なステイタスだったそう。
ポルトガル語で「落ちぶれている、きわめて貧しい」状態や、「どうでもいい、何でもない」という意味で「セン・エイラ・ネン・ベイラ(sem eira nem beira)」というのは、これに由来している。
また、「まあまあ」「いい加減」の意味で「フェイト・ナス・コーシャス」というのは、この時代、瓦を作るときに型がなかったため、太ももを使って形を整えたことに由来する、と教えられ、一行は興味深そうに聞いていた。
ブラジルの初期の歴史に触れた旅の初日、宿泊先のホテルでは、カポエイラのショーが行われた。アクロバティックな動きに見とれていると、リズムと歌が突然誕生日の歌に。
「パーラヴェーンス・パラ・ヴォーセー」と歌うカポエイリスタが近づいていった先には、松本澄夫さん(東京)。この日、七十歳の誕生日であった。
雨が降ってきた。「今のうち降っとけば明日には晴れるでしょ」。モジ・ダス・クルーゼスから参加の行徳志保子さん(二世)が空を見上げる。
「夜九時には寝るよ、いつも体操のために四時半には起きるからね」。ふるさと巡り参加者の起床・就寝は早いと聞いていたがやはりその通り。
夜中降っていた雨は、二日目も止まず、一行はサンタ・クルス・カブラリア、ジョアン・デ・チバ川観光に出発。マングローブの林やポロロッカを見学する。
「いやあ、すごい!本当に自然の力はすごいね!」海水のまざった水の中でにょきにょきと生えるマングローブの芽を見て、ビデオカメラのファインダー越しに上原久司さん(長野)が感心する。
「こんなにずぶずぶの地面でも、たくさん根を張って立派に立ってるんだからさ」
陸が削れないように堤防の代わりをし、生物を守っているマングローブ。だが上原さんの感動は、特別に激しかった。 つづく(秋山郁美記者)