2006年1月6日(金)
日本で外国人の為の日本語学校で勤務していた際、クラスに一人、日系ブラジル人の男の子がいた。彼はとても人懐こく、アルバイトのこと、ブラジルのこと、何でもよく話してくれた。
彼の日本語は他の韓国人や中国人に比べると、決して礼儀正しいものとは言えず、教師の私に対しても友達のような話し振りではあったが、彼の人柄か嫌な印象は受けなかった。しかし、そんな彼も教室を出る時だけは、驚くほど礼儀正しく、こちらを向き直り「先生、ありがとうございました」と言って頭を下げた。
日本の日本語学校にはアジアからの学生が多く、髪の毛が黒く、目が黒い外国人学生は珍しくない。ブラジルから来た日系ブラジル人の彼も当時の私の目からすれば、そんな外国人の一人だった。だから、礼をする彼の姿を見て、「南米から来た人にもこんな礼儀正しい人がいるんだ」と思って驚いたのだ。
ここピラール・ド・スール日本語学校に着任してから、早十カ月が経とうとしている。「日系社会は日本より日本らしいところ」とは聞いていたが、その意味を肌で感じている。町で会えば、「お元気ですか。ブラジルには慣れましたか」と声を掛けられ、収穫の時期には色々な果物や野菜が学校に届けられる。
会館で何か行事があったときにはお裾分けが届き、親戚が集まるときには私たち教師にも声が掛かる。日本語学校は生徒数八十名程度なのだが、親同士は皆知り合いで、「誰々さんちの誰々ちゃん」と言った会話が良く聞かれる。
日本語学校の父兄だけではなく、文協全体で子供たちの成長を見守っているといった雰囲気だ。会館には絶えず人が集まってくる。 朝一番はゲートボールのおじいちゃんおばあちゃん、少しすると日本語学校の生徒達が来てにぎやかになり、カラオケ、サッカー、バレーボールなどいつも誰かが集っている。
盆踊り、運動会といった文協の行事にはたくさんの人が集まり、それこそ老若男女楽しみにしている。日本語学校の行事も保護者だけでなく、地域のおじいさん、おばあさんの楽しみの一つにもなっている。
私の両親の世代なら、このような社会を懐かしいと感じるのだろうが、個人主義になってきた日本で育ち、地域社会の中で成長してきたという実感がない私にはとても新鮮だ。
こうやって、子供は家族の枠を越え、地域社会の中で成長していくのだろう。家族以外の大人と接し、社会性を身につけ、自然と礼儀も覚えていく。ここは、外国ではない。地球の反対側の日本だ。いや、むしろ、今の日本を考えれば、とても日本らしい外国かも知れない。
今日も、日本語学校の生徒達の「先生、こんにちは」と言って登校し、「先生、ありがとうございました。」と言って下校していく声が響く。地球の反対側から留学してきた、日系ブラジル人の彼が、自然と頭を下げるあの態度は、なんら不思議なことではない。
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【職種】日本語教師
【出身地】広島県広島市
【年齢】29歳
- ◇JICA青年ボランティア リレーエッセイ◇
- 連載(23)=今井さや香=コロニアピニャール文化体育協会=「ブラジルの空の下で」
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- 連載(20)=中村茂生=バストス日系文化体育協会=百周年に移民展を
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- JICA連載(17)=加藤紘子=クイアバ・バルゼアグランデ日伯文化協会=パンタナールに漂う空間に出会って
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- JICA連載(12)=森川奈美=マリリア日系文化体育協会=「笑顔の高校生達」
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- JICA連載(6)=清水祐子=パラナ老人福祉和順会=私の家族―39人の宝もの
- JICA連載(5)=東 万梨花=ブラジル=トメアス総合農業共同組合=アマゾンの田舎
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- JICA連載(3)=中村茂生=バストス日系文化体育協=よさこい節の聞こえる町で
- JICA連載(2)=原規子=西部アマゾン日伯協会=「きっかけに出会えた」
- JICA連載(1)=関根 亮=リオ州日伯文化体育連盟=「日本が失ってしまった何か」
- 連載(23)=今井さや香=コロニアピニャール文化体育協会=「ブラジルの空の下で」